RED ROSE
「きみ、高校生?」
耳元で囁き声がし、ぞくりとする。知らない声と生暖かな吐息が耳たぶをくすぐった。
「ねえ、セックスした事ある? あるよね? 今時の女子高生は」
はあはあと、明らかに劣情を剥き出しにした吐息が、耳障りな雑音となってざらざらと首筋にまとわりつく。薄暗くてよくは判らないが、自分を捕まえているのは青年を少し過ぎたような男のようだった。
「おとなしくしてくれたら、乱暴にはしないからさ」
まるで体の中心を太い木材で心張りされたように、筋肉が強張ったまま動かない。男は美玲を羽交い締めにしたまま立ち上がると、側の児童公園へと彼女を引きずった。
「やっ……」
一方の手で口を塞がれ、もう一方の手は、丁度右胸の上にある。恐怖で声を出せない美玲に気が緩んだのか、公園に入ったところで男が不意に足を止め、その場で美玲の胸を揉み始めた。
「おっきいおっぱいだね」
耳元で声がする。と、その瞬間、美玲の脳裏に、死んだ父親の顔がよぎった。
――嫌。
いやらしげににやつく顔と酒臭い息。体をはい回る脂ぎった指――。頭の中に、まるで津波のように記憶が甦る。もう、この世にはいないはずの、恐怖と憎悪の元凶。
――嫌!
背筋がぞくりと粟立つ。と、突然、体内の心張りが消えた。
「いやあああっ!」
口を塞いでいた男の手に噛みつき、美玲は全身から絞り出すような悲鳴をあけた。
「つっ!」
手を噛まれた男が一瞬ひるんだ隙に公園を飛び出し、全力で大翔の住むアパートへと走る。しかし、すぐに男に捕まり、アスファルトに引き倒され、腹を蹴りつけられた。
「あ……っ」
小さく声を洩らしながら腹を抱えるように体をくの字に曲げる。と、男が美玲の腕を掴み、無理矢理仰向けにして馬乗りになった。
「な、なめやがって……!」
暗くてよく判らないが、目を血走らせた様子で男が拳を振り上げる気配がした。
――殴られる!
本能的に危機感を感じ、美玲は思わずぎゅっと目をつむった。が、来るはずの衝撃はなく、代わりに男の悲鳴がして、体が軽くなった。
――何?
不思議に思い、美玲が訝しげに目を開けると、馬乗りになっていたはずの男が自分の足元でうずくまり、その背後に長身の男が立っているのが、街灯越しに見えた。
「逃げろ!」
顔を上げた美玲に、怒鳴り声が飛んだ。言葉を発したのは、長身の男の方だった。
「早く!」
また、声が飛ぶ。その声に、美玲は驚いた顔でよろよろと立ち上がった。