RED ROSE
「うん」
大翔も振り返す。光が何度も振り返りながらバイト先へと向かって行くのを、大翔もいつまでも見送っていた。なぜかその日に限って、光は何度も大翔を振り返った。だから大翔も、彼女の姿が見えなくなるまで、そこに立っていつまでも見送っていた。
桜がどこまでも綺麗だった。なぜかひどく名残惜しくて、光の姿が見えなくなっても、大翔はしばらくの間、そこに立っていた。そしてそれが、大翔が生きている光を見た、また、光が大翔を見た、最後となった。
明日の朝が待ち遠しい。そんな気持ちを抱えながら、大翔はバイクを走らせていた。いつもなら光がバイトを終える頃、バイクで迎えに行き、そのまま彼女を家まで送るのだが、今夜はどうしても外せない用事があってそれができない。それがひどく悔しかった。
「こんばんはぁ、朝比奈モータースです」
その日、別の修理で手が離せない父親に代わり、大翔は隣町の常連客の家を訪れ、緊急のメンテナンス作業をする事になっていた。
「やぁ大翔くん、おっきくなったねぇ」
出迎えてくれた顔馴染みの男性がお茶を勧めてくれたが、大翔は一刻も早く作業を終わらせたくて、すぐさまガレージへと向かい、手際よく作業を開始した。幸い、電話で話を聞いた際に予想して持参していた部品が合い、それの交換だけで済んだ為、作業は滞りなく終了し、大翔は挨拶もそこそこに常連客の家を出た。
携帯電話が鳴ったのは、その時だった。液晶画面を見ると、発信元は光の自宅からだった。
「もしもし」
珍しいな。そう思いつつ通話ボタンを押すと、光の母親の声が聞こえてきた。
「ああ大翔くん。ねぇ、あなたたち、喧嘩でもしたの?」
出し抜けにそう言われ、大翔は怪訝な顔をした。
「いえ、してませんけど、あの、どうかしたんですか?」
顔馴染みとは言え、交際相手の母親。自然と丁寧で遠慮がちな口調になる。大翔の返答に、受話器の向こうの母親が、困惑したようなため息を洩らしたのが聞こえた。
「いきなりごめんなさいね」そう前置きして、母親が話し出す。
「さっき……光が帰ってきたんだけど、様子がおかしいの」
「えっ?」
「いつもならリビングにいるあたしたちに一言声をかけてから部屋に行くんだけど、今日は何も言わずに部屋にこもっちゃって……。帰りも少し遅かったし……。ごめんなさいね、あたし、てっきり大翔くんと喧嘩でもしたんだと思って……」
「帰り、遅かったんですか……?」
母親の言葉に、大翔の表情が変わった。