RED ROSE
――あ。
一瞬、緊張と警戒心が走ったが、すぐに安堵に変わる。それは、昨夜から気になり通しだった、あの日向美玲だった。
渋い低温で唸るエンジンを止めバイクから降りると、美玲は立ち上がり、無言のまま、頭を下げてきた。
「こんばんは」
「こんばんは」
フルフェイスを外し、乱れた髪に手くしを入れながら大翔が静かに近付くと、美玲は鞄からピンクのナイロン袋を取り出し、突き出すようにそれを差し出してきた。
「お借りしたシャツとサンダル、ありがとうございました」
「あ……」
美玲の言葉に、それらを借していた事を思い出す。“借した”つもりがなかったので、大翔の中でその事は早くも風化し始めていた。
「わざわざよかったのに」そう言いながら、大翔はその袋を受け取り、少しの間、美玲を見た。
「どれくらい待ってたの?」
できるだけ優しく穏やかに訊く。美玲の警戒心を少しでも解きたかったのと、制服のポケットから覗くハンカチと、額にうっすら浮かぶ汗が、彼女がそれなりの時間、ここで待っていた事を伝えていたので、冷えた飲み物を振る舞いたかった。
「来たばかりです」
警戒なのか謙遜なのか、美玲がそう答えた。大翔は仕方なく鍵を取り出すと、直接的な言葉に変えた。
「ここは暑いから入って。コーヒーとお茶しかないけど」
「そんな……お構いなく」
大翔の直接的な申し出に、美玲も直接的な返答で頭を振る。
「じゃ、ちょっと待ってて」
あまりしつこくするのも紳士的ではない。大翔は一度部屋の中に入ると、冷えた缶コーヒーを手に戻ってきた。「じゃ、これ」
「……すみません」
差し出された缶コーヒーを受け取り、美玲が大翔を見る。二人の瞳がまた、交差した。
用事は終わったはずなのに、缶コーヒーを手にしたまま、美玲が唇を噛む。大翔はその瞳が潤んでいる事に気付き、驚きの表情を見せた。
「……どうしたの?」
「……」
「大丈夫?」
『助けて……』
大翔の頭に、昨夜、別れ際に美玲が発した言葉が走った。
『助けて……』
潤む瞳と噛み締められた唇が、昨夜と同じ言葉を発している。