RED ROSE


 抱えていたバスケットが、どさりと重い音を立てて玄関のタタキに落ちる。そして美玲も、その場にへなへなとへたりこんだ。

「嘘でしょお……」

 まだ、胸の温もりを覚えている。包まれた腕の力強さを覚えている。触れ合った唇の柔らかさも微かにだが、思い出せる。なのに――。

 大翔は、手に入れたと思った途端、まるで指の間を砂がこぼれるように、美玲の前から消えた。と、窓辺に何かを見つけ、彼女は転がるようにそれに飛び付いた。もしかしたら、美玲がここを訪れる事を予想して、大翔が転居先の住所を書き残してくれたのかもしれない。そんな儚い希望にすがり付きながら手に取ると、それは白い封筒だった。はやる気持ちで封を切り、中の便箋を取り出すと、白い便箋の中央に、短い一文が記されていた。

【ありがとう】

「大翔さん……」

 几帳面な文字で綴られた一文。美玲の目に、みるみるうちに涙が溢れ、ぽたぽたと便箋を濡らした。

「大翔さん……!」

 羽ばたいたんだ……。

 儚い希望が打ち砕かれる中、美玲は唐突に、理解した。まるで抱きしめるように便箋を胸に当て、声を殺して泣いた。

 ――帰ったんだね。あの街に。

【羽ばたいて、大翔】

 ヒカルが大翔に送った最後のメールの一文を美玲は思い出していた。

 ――ヒカルさん、あなたの大翔さんは、羽ばたいたよ。

 大きく、名前の通りに……。

「よかったね……」

 涙を服の袖で拭いながら、美玲は必死に笑顔を作った。

 よかったね、大翔さん。本当はずっと、帰りたかったんだよね。だからあの朝あたしに、故郷の話をしたんだよね。流れ星が綺麗だって言ったんだよね。

「羽ばたいて……」

 美玲はあの朝、自分が口にした言葉をもう一度口にした。

 羽ばたいて、大翔さん。大きく、大きく、羽ばたいて。




「美玲、本当に大丈夫?」
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