満月の人魚
その時、丈瑠が入ってきたドアから零士が音を立てずに入ってくる姿が視界を掠めた。

瑠璃の喉がヒュッと音を立てる。

(父さん一人ならまだ何とかなったかもしれないのに……兄さんまで!)

零士は視線を瑠璃に固定したまま、音を立てずに父の背後に近づいてゆく。

「丈瑠…」

瑠璃は思わず丈瑠の上着を握りしめる。

「し!静かにっ」

丈瑠も視界に零士を捉えている筈なのに、小声で瑠璃に静かにしているよう言ってくる。

「さぁ瑠璃、こちらに来なさい。言う事を聞けば何不自由ない暮らしを約束しよう。」

父は零士が背後にいる事には気付かずに、薄ら笑いを浮かべながら瑠璃に手を差し出している。

零士は父の背後に立つと、静かに右手を大きく振り上げた。
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