先天性マイノリティ



──左腕の傷は、一生消えないままでいい。

白い病棟を歩きながら、私は静かな決意をする。


硝子窓から覗く、青く透き通る空。

近くに学校があるのだろう、正午過ぎを告げるチャイムが聴こえる。



今、この瞬間に、いままで以上にゼロジを深く愛することを誓う。



"報われる"という言葉の意味は、まだ考えなくてもいい。




瞼を伏せて、私は少し微笑む。


…そうだ、私の生き方は、これでいい。


不幸だと云われようと、指を差され笑われようと構わない。




コウとの思い出があるから。


シュウちゃんがいて、…ゼロジが生きているから。






「ワタナベ先生、こんにちは」


「ああ、メイちゃん、今日もサクラくんの面会かい?」


「はい」



がちゃり、と鍵が開けられる。

ちょっと待っててね、と、ワタナベ先生が出て行く。

燈色の壁が広がる待合室は、たくさんのぬいぐるみや千羽鶴、積み木などが置いてある。

手作りであろう猫のマスコットを手に取って、首についた鈴を人差し指で、りりん、と鳴らしてみた。

待っている間、よく来たね、と、見知らぬお婆ちゃんが手を握って来た。

私をお孫さんと勘違いしているらしい。



「こら、だめでしょう。この人はあなたのお孫さんじゃないですよ」


「ユミ、ほれ、婆ちゃんがお小遣いやるから好きなもの買いなさい」



手に握らされた五百円玉。

看護婦さんと目を見合わせて笑う。

私は「ユミさん」になりきって、お婆ちゃん、ありがとう、とお礼を言ってみる。


握り返した皺々の手は温かい。


お婆ちゃんは眼尻から溢れる涙を一度拭い、病室へと帰って行った。


後から話を訊くと、もう何年もお孫さんに会っていなく、面会にも殆ど誰も来ないのだという。


掌に乗せた五百円玉を見て、微笑む。


精神病院というものは、もっと恐ろしいところだと思っていた。

ここは、逃亡防止のためにロックがかかった幼稚園のようなものだ。



…くるっているんじゃない、純粋過ぎて壊れてしまった人々の集う場所。


汚い世間を生きる私たちのほうが余程、精神疾患に蝕まれているように思う。




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