*華月譚*月ノ章 姫君と盗賊の恋物語
遠く微かに、邸のそこここでざわざわと人々の動く気配がしていた。





しかし、この北の対の最奥部は、時の流れも止まったかのような静寂に沈んでいる。




僅かに耳に聴こえるのは、この北の対と寝殿との間にある壺庭(つぼにわ)を流れる遣水(やりみず)の音ばかり。






そのしじまの中で、六の君は飽きることもなく、いつまでもいつまでも、首を微かに傾けて月に見惚れていた。






「………姫さま。


なぜ、そんなにも、月を御覧になるのですか?」







露草の口から洩れた、囁きのような問いかけに、六の君は振り返る。







「そうねぇ、なぜかしら……。


自分でも、よく分からないわ」







六の君は苦笑しながら、自らの耳のあたりの髪に触れた。





その白く細い指先に、露草はまたも嘆息する。






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