*華月譚*月ノ章 姫君と盗賊の恋物語
「…………わぁぁーーーっ!!」
邸の中心、寝殿の方から、舎人(とねり)のものと思われる叫び声が聞こえてきた。
外界から隔絶された貴人の邸宅において、このような品のない大きな声が響くことなど有り得ない。
尋常ならざる空気に、露草はびくりと身を竦ませた。
しかし六の君は、いささかも怯えることもなく、むしろ猫のように機敏な動きで、すくりと立ち上がった。
しかし、何重にも纏った衣装が重く、よろめいてしまう。
露草が慌てて支えようとしたが、六の君は片手で制した。
「………いったい、なにごとなの?」
寝殿の方へと耳を澄ませてそう呟いた六の君の瞳が、いつになく明るくきらりと輝いているのに気がつき、露草ははっと息を呑んだ。
(この御方は、このようなお顔もなさるのだ………)
これまで伺候(しこう)してきた中で、一度も拝見したことがなかった、生気に満ちて活き活きとした表情だった。