*華月譚*月ノ章 姫君と盗賊の恋物語
六の君は、簀子のぐるりに取り付けられた高欄(こうらん)手摺に手をかけ、寝殿の方へとじっと目を凝らした。






ーーーはっ、と息を呑む。




寝殿と東の対をつなぐ橋廊、渡殿(わたどの)の上に、ひとつの人影があった。






屋根の上に人がいる、という異常事態に
六の君は目を剥く。






にわかには信じがたかった。







見間違いではないか、と目を擦ってさらに凝視するが、やはり間違いなかった。






濃紺の水干(すいかん)らしき装束に身を包み、葡萄染(えびぞめ)色の頭巾を被った、ひときわ濃い闇のような輪郭の人影。






見るからに怪しげな人物が、渡殿の屋根の上に身を潜めていた。







(………まぁ、なんてことーーー)







六の君は目を奪われ、その場から動くことができなかった。





その人影は、屋根の上を駆け抜け、その勢いのまま跳び上がって、東の対の屋根に飛び移る。




目で追っていた六の君は、その素速い動きのために人影を見失いそうになり、慌てて階(きざはし)を駆けおりた。




裸足のまま、迷いなく庭に下りて、人影を追いかける。





貴人の令嬢としては考えられないことであった。



随伴の女房や女官もつけずに一人で建物から出て、のみならず階を降りて地に直接足をつけ、下女よろしく庭を駆け回るなど、あってならない振る舞いなのだ。







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