*華月譚*月ノ章 姫君と盗賊の恋物語
人影はすでに東の対の端まで来ていた。





頭上はるか高い所でありながら、まるで平地であるかのように身軽に走り回るその敏捷な姿に、六の君は感動する。





人影は勢いを落とすことなくひょいと侍所の屋根に飛び移って、そのまま駆け抜け、とうとう、邸と外を隔てる東側の築地(ついじべい)のすぐ側の端までやって来た。





六の君も人影を追い、築地の辺りまで辿り着いた。







足音を忍ばせて塀壁に近づき、低く屈み込んで、生い茂った植木に身を隠す。




その態勢のまま、侍所の屋根の縁に伏せて築地の周辺の様子を窺っている人影を見上げた。







人影は、付近に人がいないのを確認し、ゆっくりと身体を起こした。






(ーーーあ。行ってしまう………)






六の君は、瞬間、そう感じた。




一瞬ののち、無意識のうちに、立ち上がっていた。



長い袖が植木に触れ、葉ががさりと音を立てる。




その音は、静寂の中、思いのほか大きく響いた。






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