*華月譚*月ノ章 姫君と盗賊の恋物語
(………ここまで来れば、大丈夫かしらね)







六の君は吐息をついて、東の対の庭の片隅に立てられた立蔀の陰に、そっと男を寝かせる。



赤い髪と着物の端が出ないように、手で内側へ掻き寄せた。




舎人たちの声は、もう聞こえない。



どうやら、男は築地の外に逃げたと判断したらしい。








(まったく見当違いねぇ。


ほんと、お間抜けな警備役だわ………)








六の君はくすりと笑った。




男の姿を、やっと落ち着いて観察する。







樹木の梢越しに届く僅かな月明かりに照らされた輪郭は、若い男のものだった。





端整なつくりの顔だと思う。





まるで剃刀で調えたかのようにも見える、流れるような形の眉。



眼窩は深く、鼻梁は高く通っている。



厚くも薄くもない、形の好い唇。



繊細な造りの顎と首筋。



そして、絹糸のように細く、それでいてしなやかで艶のある真朱(まそお)の髪は、緩やかに波うって胸の辺りまで伸びていた。






髪がぼさぼさに乱れているのでなかったら、やんごとなき貴公子にも見紛うかもしれない。






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