糖度∞%の愛【改訂版】

仕事ではまだ“五月女”と呼んでいる。でもプライベートではすんなりと“彼方”と呼べるようになった。最初は照れくさかったその呼称も、慣れてくるとそれが当たり前になってしまう。ガラにもなく、そう呼べなくなる時を想像しては、こわくなる日もあるくらいだ。

そういえば、やっぱり彼方はいつの間にか私のことを“沙織”と、プライベートでは呼ぶようになっていた。

こんなにすんなり、彼方が自分の中に馴染んでいる。本当にいつか手を離さなきゃいけなくなったとき、自分がどうなるのか想像がつかない。
その想像を振り切るように、ビールを一口飲んでから、私は分かり易く説明した。


「食べ物に含まれる、炭水化物とか糖質が血糖値を上げるのよ」

「はい。直接血糖値に影響するのは、カロリーじゃないんですよね?」


彼方の相槌に、“よく調べてるなぁ”と感心しながら続ける。


「炭水化物10グラムから15グラムに対して、インスリンを1単位打つの」

「10~15って、ずいぶんアバウトなんですね?」


当然の指摘に、思わず苦笑い。ここが人間の不思議なのだ。


「それは個人差があるから。自分の身体が炭水化物何グラムに摂取すれば、インスリン一単位分上がるのか。それは、自分の身体で何回か血糖値の上がり方を調べて、そこで初めて分かるの」


「なるほど」と呟いて、彼方はテーブルに並べてあるつまみの中から、タコワサを箸でつまんで口に入れた。しかも最後の一個を私に断りもなく。私の大好物だと知っているくせに。
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