糖度∞%の愛【改訂版】

無言の訴えに、今気づいたように「食べたかったですか?」と白々しく聞いてくる彼方が、わざとそうしていることは分かっている。


「いいわよ、私はこっちを食べるから」


いかの一夜干しを、残った数本をまとめて一気に箸で取って、一口で頬張る。いかの一夜干しが彼方の大好物なのだ。これでお相子だろう。
そんな私の行動に、一瞬目を丸くした彼方は声を上げて笑い出した。


「……なによ」


もぐもぐといかを咀嚼しながら睨みつけると、お腹を抱えながら彼方は「沙織さん、さすがっ!」と、プライベートでは最近聞かなかった敬称をつけて、よく分からない褒め方をした。

さすがって、なんだ。全然褒められてる気がしない。っていうか、バカにしてるでしょう、アンタ。

彼方は、プライベートでも私に敬語をつかう。
一度敬語をつかわないでいいと言ったことがあるけれど、『魅惑的な提案ですけど、仕事中にも使ってしまいそうなので』とやんわり断られた。

名前だけですら、会社で“彼方”と呼びそうになるのだ。確かに、しゃべり方まで区別するのは難しいよな、と納得したけれど。でもやっぱり、敬語をつかわれると距離を感じて淋しくなるのは、年甲斐もなく私の脳内が、恋愛モードになっているからだろうか。


「でも、食事を見ただけで、その炭水化物量を目測できるようになるなんて、それだけ沙織が苦労したんだと思うと、なんか、たまらないですね」


独り言のようなその言葉に、きゅんと胸が締め付けられた。
どうしてそうやって、私の弱いところをむき出しにしてしまうんだろうか。
< 22 / 73 >

この作品をシェア

pagetop