Hair cuts
そして、その日はやってきた。愛華には荷造りはするなと言っておいた。そんなことをしたら怪しまれると。

浩人が出かけたのを確認すると、約束どおり俺は愛華を迎えに行った。俺の貯めた幾ばくかの金を無理やり渡すと、愛華は泣いた。愛華の荷物は本当に少なかった。ボストンバックが一つ。それに、一番最後に押し込んだノートを俺は見逃さなかった。

そう、それがそのノートだ。

行き先を愛華は言わなかったけれど、多分、さくらに会いに行こうとしていたんだと思う。

準備が整って、さあ、あとは家を出るだけだって時になって、愛華が最後にもう一度だけ店を見たいと言った。愛華と浩人が築いた城。「hair cuts」。俺はそれを許可した。

愛華は狭い店の中をゆっくりと一周し、椅子や、鏡や、レジや、シャワーに愛おしそうに触れた。最後に自分のシザーズケースを手に取ると、ようやく意を決したように顔を上げた。そして凍りついた。いつの間にか浩人がいたんだ。
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