魅惑の果実
「殴りたいならお好きなだけどうぞ。 でも、お腹以外でお願いします」



私の胸ぐらを掴む父の手が震えている。


頭の血管切れちゃうんじゃないかと思うくらい、こめかみの血管が浮き出ている。


突き放すように手を離され、浮いていたかかとが床に着いた。



「勘当だ!! 二度と神楽の敷居を跨ぐなッッ!!」

「手切れ金代わりに高校は卒業させて」

「…………」



父は睨み付けるだけで口を開かない。


そんな顔されても怖くない。


桐生さんのあの冷ややかな目に比べたら優しいとさえ思う。



「その無言はオッケーって事だよね? もし心配なら書面におこして送って。 内容に相違なければサインして送り返すから。 それじゃ、さようなら」



書斎を出て玄関に行くと義母が待ち構えていた。


父の怒鳴り声が聞こえていたんだろう。



「もう神楽家に関わる事はありませんから、安心して下さい」

「そう、まだ先の話ではあるけれど、遺産相続は……」

「それも安心してください。 私は勘当された人間なので遺産だの財産だの貰うつもりはありません。 心配なら弁護士に書類でも送らせたらどうですか? それじゃ」



こんな時に遺産相続の話って……。


まさかもうお父さんが死んだ時の話をされるとは思ってもいなかった。


父が選んだ女なだけある。


あの二人からよく美羽みたいな良い子が産まれたなと思う。





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