涙を拭いて

不思議な利用者

昼食代わりに生協で買った弁当を食べ終え、ちょうど満腹感と疲労で睡魔に負けそうになり、こっくりこっくり船を漕いでいると、遠慮がちな声が耳に入ってきた。


「あの、……あの、すみません」

その声が、涼やかなオルゴールの音色を聴いているようで、僕はさらに意識を手放しそうになった。しかし、理性が叫んだ。


女の子!!


「は、はいっ!!」


僕は飛び起き、目を見開いた。そして、失望した。目の前に立っていたのは、中学生になるかならないかくらいの、あどけなさの残る少女だったのだ。僕に、そういう趣味はなかった。心地よい眠りを邪魔されたことに、僕は腹が立ったが、受付という立場をすぐに思い出した。


「えっと……君、どうしたの」

「あの……ここで、泣けるって聞いてきたんです」

女の子は、途切れがちな声でつぶやくと、意を決したように僕をカウンター越しに見上げた。


「泣かせてください。今から、ここで」


僕は女の子をまじまじと見た。彼女の眼は、真っ赤に充血しており、隈ができていた。顔色も悪い。


「でも……ここは、基本的に大人のための部屋なんだよ」

「子どもだって、泣きたくても泣けないときはあります」

そう言い切った彼女の声は力強かった。ちょうど暇だったこともあり、僕は仕方なく承諾した。


「いいよ。部屋にあるものはなんでも使っていいから。何か持参したものがあれば、一応見せて。それと、名前を書いてもらうことになっているけど、いいかな」


少女は、来室者のリストに名前を書いて、スカートのポケットから一枚の写真を取り出した。そして、いとおしそうに見つめていたが、やがて僕に見せてくれた。そこには、一匹の黒猫がま写っていた。


「ペット?」

僕は何気なく聞いた。少女は、力なく笑った。


「妹。たった、ひとりの。死んじゃったけど」


……私は強く生きていくわ。あなたのこと、忘れない。ありがとう、さようなら。


僕と少女の会話が途切れたとき、あの部屋から、例の歌が聞こえてきた。少女は、僕の手から写真をひったくると、「泣き部屋」に走り込んでいった。



歌は、止んだ。



その代わり、「泣き部屋」からは、ゴツンと何かを殴る音と、喉の奥から絞り出すような、悲鳴のような声が聞こえてきた。それがら泣き声にしてはあまりに悲痛で、僕は不安になり、禁じられている行為―「泣き部屋」の覗き見をしてしまった。
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