掌編小説集

735.ポップフィルターは相好を崩す

茅葺屋根の住み処が限界集落っぽい消滅集落の原点のようなひき逃げ事故によって、にわかには信じがたい記憶喪失になってしまったことを私は病院のベッドの上で知った。

専業主婦である加害者の夫はエリートでありビッグウェーブをプロテクトする警察官で、その兄は政治家として国に尽くす次期司令塔‐トップ‐と有力な偉い方。

弟の妻とはいえヒステリーに怖くなって救護もせず逃げてしまって、怪我ばかりか記憶まで失くさせてしまって申し訳ないと涙を呑む。

昔ながらの気難しい感じではなくレディーファーストのてにをはでウィットに富んだ話術が、凶作でシャッター通りに闇市の給餌でも炎症を半減‐マスキング‐してくれているよう。

せめて生活の補償と仕事の紹介をさせて欲しいと申し出てくれて、兄は会社の社長である知人の秘書として働けるようにしてくれた。

記憶が無いからか研究段階でもゾーンに入ったのか何でも新鮮で楽しくて、駆け込み乗車のハードもドタバタ劇のソフトもアドベンチャーに挑んでいれば、私が社長に重宝されるように花開くまでそんなに時間はかからなかった。

船着き場からの荷下ろしとか私に関しての細々としたことを弟が手配してくれていたことで、スラブ軌道のファブレスとして会社の従業員とも顔馴染みになった頃。

私が相談したいことがあるから食事でもと言うとセクシャルに周りがザワっとして、セクシュアリティに女性の意見も聞きたいからできれば奥様も一緒にと言えば、なんだそういうことかとすっとこどっこいな逆説にホッとした周りも弟と同じ反応をする。

しかしこの街区の換地の方法論に社長だけは違ったようで、女性の意見を聞きたいなら俺の妻でもいいじゃないかとタメ口風に言うから。

相手は女性ですけど交番のお巡りさんな上に弟の奥様と年齢が近いんですよと言っても、大逆転出来ずに拗ねたままでいじくる従業員にからかわれていた。

結局外食ではなく家に招かれて食事を頂きながら相談することができて良かったけれど、遅くなってしまったからと言って弟が家の近くまで送ってくれることになった。

夜風に当たりながらのその道中で他愛無い話の延長を装いながら、この相談事の真の目的である三枚おろしの閂‐ドラフト‐として、貴方方は最終的にどこを目指していますか?とヘッドレストとして問い掛けた。

私の周りに張り付いているのは貴方の方の人達ですよね。昔からそういう勘は働く方なんですよ。と言えば記憶が戻ったことを理解したようで、何故そのようなことを僕に?と驚きつつも警戒されるのは当然か。

事故を起こして夫が上役でも閑職に回されてしまったと気に病んでいる妻のためにも、弟は外挿からでも手柄を挙げて出世コースに戻りたいという雰囲気を醸し出していて、兄の尖兵としてワヤでも押し上げてもらうために私の世話を焼いている。

というのが地下牢‐フリースペース‐から功徳‐セロトニン‐を積んで、首位争い‐リベンジ‐に食い込もうとする弟に対しての周りの評価だった。

マニアに見ていれば分かりますよ、奥様とお兄様の関係ぐらい。けれどお二人に対しての貴方の感情はそれぞれ真逆みたいですし、貴方の役職からいっても何かありそうなのは察せますから。

全部が戻ったわけではありませんが、事故の記憶ははっきりしています。だから何かの役には立てると思いますけれど、私は貴方の役に立ちたいです。時々うろついていた怖い雰囲気の人達も、貴方の方の人達が居ることで居なくなりましたし。

私は何をしたらいいですか?と捨て石の損失回避バイアス風に言えば、弟は肩の力が抜けたように膝に手を当ててスイープムーブメントなため息をついて、貼り付けていた笑顔が緊張の糸が切れたようにクレソンな笑みに変わる。

妻は兄と不倫というか自分と付き合っていた頃からの関係らしく、密会した後に私が被害者であるひき逃げ事故を起こしてしまったのだけれど。

運転手は妻ではなく兄であり妻は夫の出世の道が絶たれると理解していながら、兄の政治家としての立場を優先して身代わりになって罪を被り庇った。

妻はともかく兄は子供の頃から反りが合わなくて大嫌いで、そんな自分を難があるけれども可愛い弟を世話する兄というプロテクターポジションが心地良かったらしく、周りも兄自身も兄弟仲は悪くは無いとの認識だった。

表向きは国に尽くし国民のためにシリーズ化して活動している兄だけれど、デジットからもカウンターストップいわゆるカンストを目論む神童の野心家。

だからこそ民事でしか裁けないのならば何かしらあるだろうと泳がせていたところ、兄と知人であり実業家であり私の雇い主でもある社長の不穏な動きに気付いた。

図説‐バナー‐がよそ者の始発で出陣した選挙区の隙間風な区割りで、投開票前の辻立ちである選挙演説がやたらめったらな振動で減点の列車風でも。

POSシステムの時祷書はいける口で傑出のレーティングだったのは、業界大手から業界最大手までの支援者にマジカルな季節のご挨拶が服属儀礼だったから。

若かりし頃のばっちいヤンチャと無添加な失業を破裂音のフェロモンに変えて、得意満面なバイブルにすれば縁日のソテーがセルフレジでもハーレムにはウケると。

馬鹿に付ける薬はないとして厨子の原っぱには周壁は無いクレーンゲームで、目が虚ろなシティガールでも興隆はチョロいと考えているデザイナー気取りのようだ。

実権を握るにはまだ若い兄は金に物を言わせるが如くバラマキを繰り返していて、伏流‐ライフステージ‐に合わせた定式な土寄せの資金源は社長だった。

こちらも表向き電信の技師を駆使したアプト式からプッシュプル方式まで、幅広く手掛けているのに少し抜けているけれども家族思いの良い人で通っている。

仕事としても部下達と共に二人を追っていると、その社長から兄が献金それも違法で受けていることを掴んだけれども、その資金は表の金をちょろまかすだけでは到底賄えない金額に達している。

当てこすりも定式化した定式幕へどう切り込もうかと部下達と思案していると、警察内部の内通者として情報を流し内部はもちろん外部の追及からも匿うようにと、批判を浴びないようにする保身の処理システムを欲しがった兄の方から持ち掛けてきた。

左遷された弟をスパイとして利用し使うことに何の疑問も持っていない様子で、というか浮気や不倫に気付いていない弟は警戒の対象になっていなかったらしく、弟は兄のために尽くしてくれると信じ切っていた。

これ幸いと石橋を叩いて渡るような礼儀作法の土器を送り込む提案を受ける代わりに、兄が実権を握った暁には自分を重要ポストに据えて欲しいとひっつめ髪のテンションで、権力にしがみついて懇願している風を強めてモジモジともしない協力関係を築いていく。

圧力でもみ消せない言い逃れのできない証拠を掴み兄の失脚というその瞬間まで、徹底的にというただの復讐に加えた不正を暴くという仕事。

警察官としてのスパイと兄と社長の駒としてのスパイの二重スパイとなったことで、EVIL=LIVEとしての物量が万有引力よりも大きく枢軸が動くことになる。

社長が関与し手を染めていたのは表の金をちょろまかすことではなく、裏社会の表に出してはならない金の資金洗浄を裏の顧客から引き受けて、表に出せる形で返還するというマネーロンダリングの手数料で儲けていたバンカーであった。

違法とお互いに理解しながらも兄に巨額の献金をし続けているのは、兄が国のトップに立ったら自分が裏で好き放題出来るという大欲のためで、この度の一連の事件も献金の資金を捻出し得るために社長が仕組んだものだった。

裏切り者を粛清したりトカゲの尻尾切りをしたりとそのレーザー並みの眼力は、どこぞの組織よりもあくどいやり方で罪の重さ的には兄に勝るのは承知の上。

解散したことで回ってきたチャンスをものにしたい兄は社長に献金を頼んで、頼まれた社長は早急に入り用になったものだから、顧客から預かっていた洗浄する商品に手を付けてしまった。

しかも商品であるから現金化するにはルートを使ったとしても少々時間がかかり、その間に顧客からもせっつかれた社長は自作自演の紛失横領を企てたからこそで、一連の事件は一課が考えているような内部抗争が表沙汰になったのではなかった。

内輪揉めしている組織内のことはこちらと一課で何とかするから、社長や兄や無関係と思われる従業員達に気付かれないように今まで通り記憶が無いふりをして、佳境に入っている証拠集めに協力して欲しいとお願いされた。

昔の記憶があったところでそんなのお茶の子さいさいとまではいかないけれど、監視という名の警護が付いているからか潜入捜査官のミッションのようで気合が入る。

組織の内部抗争は裏切ったり裏切られたり紆余曲折あったみたいだけれど、兄が社長から違法献金を受け取っているところをばっちり押さえられて、兄は収賄の疑いで社長は贈賄の疑いで、二人合わせて多額の贈収賄の容疑で逮捕することができた。

社長が預かっていた商品の顧客は海外の組織だったから捜査中ではあるけれども、証拠がわんさか出てきたから全容解明にそんなに時間は掛からないだろうとの見方らしい。

弟は私にニュースにも報じられていない事の顛末を全て報告するとともに、私の人生を狂わせて巻き込んでしまって本当に申し訳ないと頭を下げて謝罪してくれた。

思い出したところで耐え忍ぶだけのあまり良い人生では無かったけれど、事故に遭ったからこその人生でもあると思います。貴方のおかげで誰のことも恨まずに生きていけます。ありがとうございました。

私が弟に頭を下げれば一課も二課も助かったととても喜んでいたけれど、それでも許されるわけじゃないと言葉を素直に受け取れない律儀な弟は。

少し困ったように視線を彷徨わせてせめぎ合って割り切れないけれども、憑き物が落ちたようなほんのり穏やかさが混じった笑みを浮かべた。

今回の件で功績が認められた弟は地方の本部へ栄転となったけれども、兄とは反対勢力の後押しの影響もあったから結局権力に振り回されていると苦笑いを浮かべていた。

一方で私といえば戻った記憶はあの時から減りもしないけれど増えもしなくて、何一つ変わっていないからこそ事故の証言だけは出来るけれども。

事故自体の時効がすでに成立している上に民事裁判に訴えて争ったとしても、不倫の事実が第三者に分かるようになってしまうしきっとお金ではないだろうから。

出世コースに戻れたとは言い難いけれどそのキャリアから再び引きずり下ろされ、自爆して無能の烙印を押されるようなスキャンダルまみれにしてはいけないから。

ミッションオールクリアで私の役目はお役御免かな。

おかえりなさい。ただいま。お忙しいのに有給を取ってこちらに来なくてもリモートで良かったんですよ。お疲れでしょうに。疲れているからこそ貴女に会いたくて。

それセクハラですよ。おどけたように微笑む元上司へ挨拶代わりとばかりに、釘を刺してみるけれども目の前の緩んだ頬には刺さっている気がまるでしない。

彼女の方も昔の職業柄として躱したりスルーしたりしてきただろうし、深い意味があるなんて思いもしていないから気にしていないし気にも留めていない。

明らかになった不正で元上司の兄とその知人の社長を逮捕したことでの事件解決後に、元上司の居ぬ間に元上司の妻は署名と捺印がされた離婚届と結婚指輪を置いて、少しの生活用品と共に姿を消していまだ行方知れずの失踪者のまま。

起こされた事故ではなく起こした不倫の罪悪感に耐え切れなくなって逃げたのか、活歴物として思い描いていた豊かな未来にならなかった絶望に打ちひしがれたのか、破滅して地位も名誉も財産も何もかも失った元上司の兄を待ち続けるのか。

事故のせいで出世から遠ざかっても許した上で守ろうとしてくれていた夫に対して、捨てられた悲劇のヒロインという被害者ポジションの逃げ道が与えられなかったから、家庭崩壊の幕切れのレッテルを自ら背負うしか道が無かったのだろうと思う。

元上司が不倫の事実に気付いても事故の真相を知っても離婚しなかったのは、元上司の兄と知人の社長を逮捕するのに支障をきたす恐れがあったからだけではない。

自分から縁を切るようなアクションは起こさずに清算したからと正式になんて繋がらせない、何も知らない優しい夫を演じていたその裏で全てを知りながらその時まで泳がせていた。

盲目的に従順とそれでいて本妻なんて割り切った関係の政略結婚でしかないから、この陰で支え引け目を感じる特別な役割は自分だけにしかできない価値あるもの。

事故の身代わり出頭も必要悪として犠牲を払えた自分という優位性と愛の証は、国を変えようと必死に戦っているあの人には自分の支えが必要だけれども。

組織に組み込まれているあなたは自分が支えなくても権勢を振るえるだろうと、なんら生産性の無い悔恨も無い自己弁護を見透かしていたのかもしれない。

家柄の割にと格下だと見下していて搾取する側だと傲慢なプライドの塊である兄に、強調した愛で切り抜けられる女性問題よりも時間の無駄でしかない裁判よりも。

時折隠し切れずに見えていた冷ややかな表情に底知れぬ冷徹さとその危ない執念に、この様子を見る限りでは彼女は気付いていないと思っていいだろう。

妻は兄を選び兄は権力を欲し社長は金を握って非合法の見返りに手に入れたのは、警察が仕事をし少しの間世間様に話題を提供した後の弟の出世コース返り咲きの道にすぎない。

お茶いれますね。と出迎えた彼女がキッチンへと向かうけれどもお構いなくもなしに、上着を脱いでかける仕草はまるで遠距離恋愛の恋人ようでありウキウキで通っている。

対外的には事故の真相も不倫の事実も公(おおやけ)になっていないのだから、個人的な復讐の側面も垣間見えた色々な裏話を見聞きしてきたこちらとしても、苦境に立たされた挙句に意気消沈しているような少々しんみりとした空気をちょっとは醸し出して欲しいものだ。

まあ彼女にアプローチし始めたのは置かれていった離婚届を出して受理された後だから、元部下一同どころか事情を知っている他部署の連中も見ないふりをしてあげている。

ほんとわざわざ来なくても。裁判に向けての打ち合わせは必要だろう。打ち合わせ、ねえ・・・?

お茶請けも用意しているしっかり者の彼女をチラリと見る元部下のボヤキは、裁判に備えての資料を広げることなく寛ごうとしている元上司には聞こえない。

控えている裁判での証言は既に時効となった事故でも民事事件の不倫でもなく、元上司の兄とその知人である社長を被告人とした今回の主としている刑事事件の方だ。

元上司の要請で証拠集めに協力してもらった彼女についてはそこまで複雑なことはなく、わざわざ有給休暇を取ってこっちまで戻ってきて顔を突き合わせてするようなことでもない。

ただ元上司の気持ちが言外に滲み出ている角が取れたこの光景を見ていると、イージーモードな強化選手に見えて実は採算度外視なハードモードだったらしい、絶大な権力でもなく莫大な金でもなくささやかな愛を求めていたであろう元上司にとっては。

自分の中身だけを見てくれた彼女が唯一の救いだったのかもしれないと、呆れ交じりに苦笑しながら席に着く元部下は一人胸の中でひっそりと思うことにした。
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