身代わり姫君の異世界恋綺譚
――紫鬼……会いたい……。記憶なんて戻らなければ良かった。二度と紫鬼に会えないのに思い出したなんて辛いよ……。

救急車で運ばれた時のように取り乱しはしなかったが、時々、思い出したように泣いて看護師や家族を困らせた。

母親が診て貰おうとしていた精神科医は予約を取るのが困難だったが、今の主治医が特別に取り計らってくれ明日、診察を受けられるようになった。

◇◆◇

薄いカーディガンを羽織らされて、車イスに載せられた真白は顔をしかめた。

「ママ、どこへ行くの?」

入院してから車イスに乗ったことのない真白は不審に思った。

「先生に診てもらうのよ」

「いつも病室で見てくれるのに?」

「ええ。今日は違う先生に診ていただくのよ」

車イスを後ろから押す母親はそれ以上口を開かなかった。

< 342 / 351 >

この作品をシェア

pagetop