身代わり姫君の異世界恋綺譚
◇◆◇

『まだあの娘は外に出ないのか!わらわはもう待ちきれないぞよ』

陰陽師寮から少し離れた貴族の屋敷の一室で怒りを女房にぶつけている女性がいた。

「ぉ、恐れ入ります。何が待ちきれないのでございますか? 私にはなんのことだがさっぱり分からないのでございます。琴姫様」

女房は自分の主である穏やかな姫が、突然人が変わったように怒りを見せるのを内心驚いていた。

昼間はいつもの穏やかな姫なのだが、夜になるとこのように訳のわからない事を言うのだ。

『もう用はない。山吹、出て行きなさい』

女房に話しかけられて、表情が変わった琴姫はにっこり笑った。

――物の怪がついたと思われて、陰陽師を呼ばれては叶わぬからな。

陰陽の頭の父も怖いが、父親以上に強い霊力を持っている弟の清雅も油断のならぬ相手。

じゃが……一番恐れるのは……紫鬼様……。

紫鬼の流麗な姿を思い浮かべると、琴姫の顔にうっとりするような笑みが広がった。

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