ただ、名前を呼んで

母は釘付けになったように僕から視線を逸らさない。

その視線に捕われて、身体が硬直していくような感覚を覚えた。
だけどなぜだか、視線は逸らせない。

暫くの沈黙が僕らを包む。


「ちょっと、こっちに来て?」


母がその沈黙を破り、僕に手招きをした。

母に手招きされることなど初めてで、戸惑ったけれど僕は素直に近寄った。


母の瞳の中に自身の姿を確認できるほどの距離。

母の瞳が僕を映し出している事実が嬉しくて、だけど少し怖くて。
僕はなんだか泣きそうになる。
< 164 / 234 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop