上司のヒミツと私のウソ
「もどりましょう。お腹がすきました」

 私はコンビニの袋をぶらぶらさせながら、昇降口に向かって歩き出した。矢神の足音が背後からついてくる。


「西森」

 非常扉のノブに手をかけたとき、うしろで矢神がぼそりとつぶやいた。

「悪かったな。いろいろと」


 振り向いた私の目の前に、矢神のすこし困惑した顔があった。


 私はしばらくその顔を眺めていたけれど、ゆっくり首を振った。

 矢神が今日の話の中で、一度も口にしていない名前があることに、そのときはもう気づいていた。

 そして、それは矢神が意識して避けたからだと、ふしぎなほどはっきりと確信できた。


 木下彩夏。

 彼女の名前だ。
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