上司のヒミツと私のウソ
 昔と変わらないやわらかい笑みを満面に浮かべて、まるで自分のことのようにうれしそうに話す彩夏を見ていると、無性に傷つけてやりたくなった。

 その笑顔を凍りつかせて、苦痛と困惑にゆがむ顔を見たくなった。あのときのバレンタインデーのように。


「俺が信じている人間は、今も二人しかいない。ハルと彩夏だけだ」


 彩夏の表情からゆっくりと笑みが消えていく。

 なによりそれを望んだはずなのに、もうこの瞬間から後悔し始めている。

 二十年前と同じことを性懲りもなく繰り返してなにが面白いのだろう。われながらどうしようもないバカだ。


「冗談。本気にするな」


 テーブルの上の伝票を取り、席を立った。

 新幹線の時間があるからとそっけなく告げると、彩夏は弱々しく笑った。


 レジで支払いをすませ、店を出た。

 雨はまだ降っている。傘を差し、通りを渡ったところで振り返る。


 窓際の席に、こちらに背を向けて座っている彩夏の黒いワンピース姿が見えた。

 再び歩き出すと、地面を叩く雨の音がいっそう強くなった気がした。
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