上司のヒミツと私のウソ
 『一期一会』のプロジェクトがスタートしたとき、会社は追いこまれていた。

 とにかく、ヒット製品を作らなくてはならなかった。


 プロジェクトメンバーがかき集められたときは、後がない悲愴な状況に誰もが暗い顔をして、口をつぐんだ。それでも、やらなくてはならなかった。

 開発とか宣伝とか、担当や部署なんて関係なかった。誰もが担当範囲を超えて意見を出し、アイデアを出した。


 自信を持って世の中に出せる製品を作ること。

 それだけが、全員の唯一の目的だった──。


 その瞬間、なにを見落としていたのかわかった。


「西森」


 さっきまで聞こえていた、胸の内壁をひっかくような嫌な音がやんでいる。


 新製品検討会議へのエントリーは、取り下げようと決めた。


「少しだけ……『一期一会』の広告が一段落するまで、待ってくれないか。もう一度、はじめからやりなおそう」


 俺の言葉を反芻しているらしい西森の表情が、ゆるやかに変化を遂げた。

 しばらく見ていなかった、本物の笑顔だ。


「はい」

 明るい声で答えると、西森はアイスコーヒーを一気に飲み干した。


 自分が嘘をついていないことに、驚いていた。

 上司としての義務ではなく、俺自身が本気でおもっているからだ。


 西森と一緒に仕事がしたいと。


 やわらかな感触のあたたかいものが胸を占め、それがとても心地いいことにきづいた。
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