上司のヒミツと私のウソ
 矢神は安心したように立ち去りかけて、唐突に振り返る。


「それから、うちの課にきても仕事はちゃんとやれ。このことと仕事は関係ないからな」

「……いわれなくてもわかってます」


 矢神はまだなにかいいたそうにしていたけれど、なにもいわずに背を向けた。

 革ジャンの背中が煙草の赤い火とともに路地の奥に遠ざかっていくのを見送り、私は矢神の姿が闇にとけるのを待って歩き出した。


 大通りの明るみに出ると、路地の静けさと暗さがうそのように騒々しい。

 仕事を続けたい、とおもった。矢神にいわれたからじゃないけれど、やっぱりこのことと仕事は別だ。それに。


 もうすこし知りたい気もする。彼のことを。


 コートの襟を立て、ポケットに手を突っ込んだ。風はいっそう冷たくなっていたけれど、寒くは感じなかった。
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