上司のヒミツと私のウソ
 喉がかすれていて小さなつぶやきだったのに、彼の耳はしっかり私の声をひろって「なにが」と聞き返す。

 まだ余韻が去らないうちに、矢神はふたたび体を進めてきて、容赦なく深いところまで押し入る。私は声を殺して、彼の体にしがみつく。


 包みこむような大きな手で私を抱きよせ、熱く火照った体を押しつけながら、彼は私の髪に顔をうずめて「好きだ」といった。


 胸を焦がすような苦しげな声が耳から全身に伝わり、心の奥に震えが走った。


 同時にまたも高みにのぼりつめ、私はこらえきれずに声を上げた。深い谷底にどこまでも落ちていくような感覚に飲みこまれ、気が遠くなる。

 矢神は力の抜けた私の体をやさしく抱きしめている。彼の熱と私の熱がまざりあって、静かに渦巻いている。


 こんなときだけわかるなんて、ほんとうにずるい。


 目をつぶると、涙がこぼれた。


 きっともう、忘れることはできない。
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