最後の願い 〜モテ男を惑わす地味女の秘密〜

定時を過ぎ、仕事を片付けた俺は莉那先輩から声を掛けられるのを待っていた。それが楽しみのようでもあり、そうでもないような、複雑な心境だった。

莉那先輩と出掛ける事はもちろん楽しみだ。しかし恭子さんと対面し、接する事の方は、はっきり言って気が重く憂鬱だ。莉那先輩や田上から聞いて俺が持つ恭子さんの印象は、ほぼ最悪なイメージと言っていい。


「もしかして、今夜も楠さんと会うの?」


隣の主任からいきなり小声で聞かれた。俺が帰り支度をし、しかし帰らないで莉那先輩をチラチラ見るんで気付かれてしまったのだと思う。


「あ、はい」

「まあ。あなた達、付き合い始めたの?」

「違いますよ……」

「違うの? どういう事?」

「それはまあ、色々ありまして……」


別に主任になら正直にありのままを言っても構わないのだが、手短に説明できる自信がなかった。


「色々って?」

「それは、その……」


と、そこへ、カツカツという軽快なヒールの音と共に、莉那先輩がバッグを肩から提げた姿で俺の方へ向かって歩いて来た。


「今度説明します。今日はこれで、お先に失礼します」

「あ、そう。お疲れ様」


俺は急いで立ち上がると、莉那先輩が俺の所に来るよりも早く、足早に職場を後にした。主任以外の連中に、俺が莉那先輩と一緒に帰るところを見られたくなかったからだ。
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