君とあの歌
帰り道
時計の二本の針が12を越えてしばらくたった。


いつも電車から眺めている景色の中を
今日は線路をたどって歩いて帰る。


途中で線路が見えなくなったら帰れるかなとか
職場のあの仲の悪い二人の冷戦を明日も見るのはめんどくさいなとか

いつもと変わらないことを今、私は考えている。



そう言えば、さっき彼に「さよなら」って言われたんだった。


今日、いや、あれは確か時計の針が12の位置をまだ越える前、もう昨日の出来事か。


そこから歩いて歩いてここまで来た。


歩くだけも飽きてくる。
そうかいつも歩くときは音楽聴いてるんだった。
と、思い出してイヤホンを耳にさす。


そうだな、昔ライブに行っては夢中になったあのバンド。

何度も何度も聴くうちに、大好きだった歌詞もメロディーも新鮮さを失ってただのBGMみたいになってしまったけど。


そういえば、この切ないラブソング、何度も何度もあいつに聴かせてたっけ。


ふーん、別に普通じゃん。


なんて言ってたね。
その時はどんな言葉であっても受け止めて、それは私の心に染み込んだ。


いつからだろうか
彼の言葉が
この聴きなれてしまった音楽みたいになったのは。


いつからだろうか
私の鞄に当たり前のように入っている
この音楽プレイヤーみたいに
いつも一緒にいるのが当たり前だと勘違いしていたのは。



そんな彼の最後の言葉すら
喫茶店で流れている音楽みたいに
ぼんやりとしていて思い出せない。



この曲のどこが気に入ってたんだっけ?

そう、今思い出した、この歌声、彼に少し似ているから。

恥ずかしいから言わなかったけど。

このゆっくりと優しく歌うところ、彼の笑うのにそっくりだ。

だけど、きっと世界中で私だけがそう思っている。
私だけしか知らない声。




最後のサビのはじまりに、突然音が消える。



電池が切れたみたい。



嫌だな。困ったな。
この先はまだ長いのに音楽無いなんて。



なにもないなんて。





真っ黒な音楽プレイヤーの操作画面に
水滴が落ちる。



「元気でね」



彼の最後の言葉を思い出す。
この曲の最後の歌詞と重なる。


ああ、この曲は彼みたいだ。

いつも側に居てくれたんだね。

いつも語りかけてくれてたんだね。




歌詞が胸の中を流れて行く



彼の言葉が、声が、私の大好きな彼の全てが津波のように押し寄せる。




音を失ったこの音楽プレイヤーの代わりに
もう取り戻せない大切な人を想って
私は大きな声で泣いた。



時計の針はどんどん進んで行く。




今から私は一人で歩いて行く。



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