恋する指先
 ほどなくして、駅に着いた私はトイレに駆け込んだ。


 さすがに榛くんは着いてこれないから、外で待っていた。


 小さい頃から熱が高くなると、吐き戻してしまう。


 だから、榛くんはあんなに早く帰ろうとしてくれていたのかもしれない。


 フラフラしながらトイレから出ると、榛くんは直ぐ近くで待っていてくれた。


「大丈夫か?病院、行くか?」


 心配そうに覗き込む瞳に、切なくなる。


「大、丈夫。寝てれば治るから」


 そう言って、歩き始める。


 体中が熱くて熱くて、堪らない。


 関節もギシギシと音を立てるようで、膝や腕が痛む。


「タクシーで帰ろう」


 駅前のタクシー乗り場へと行って、乗り込んだ。


 いつもなら歩く距離だけど、この時は歩ける距離じゃなかった。


 タクシーに乗ってから、どうやって家に帰ったのかよく憶えていない。


 何度か榛くんの声がした気がする。


 美伊って、何度も名前を呼んでいた。


 まぶたを持ち上げようと思うけれど、私の意志では持ち上げられないくらいまぶたが重くて。


 呼びかける声に返事をしようと思うのに、声が喉の奥に張り付いたみたいに出てこなかった。


 榛くんにごめんねって、ありがとうって言いたかったのに。


 どうして私を避けるのかも聞きたかった。


 嫌いになったの?って。


 今なら聞ける気がしたのに。


 誰かの声がして、榛くんの声がして、誰かが私の髪の毛を撫でる。


 ゆっくりゆっくりと撫でる手が、少し冷たい。

 
「美伊・・・ごめん」


 そう言ったのは榛くんだった。


 そして、冷たい指先で私の額に触れて、頬に触れて、唇に触れて・・・・・。


 そして、離れて行った―――――。







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