とけていく…
(ピアノコンクール…だって? 優勝したら、ウィーン音楽学校に留学…?)

「私の推薦で、出られるから! でも、今みたいなチンケな演奏じゃダメよ。出るからには、ちゃんとレッスンを受けてもらうから」

「ちょっと、待ってくださいよ! …俺には無理です」

「なんで?」

 真由美のその真っ直ぐな視線から逃れるようにして、彼は立ち上がり、彼女に背を向けた。

「なんでって…。一度ピアノを捨てたわけだし…」

「やっぱり、まだ弾く気が起きないの?」

 彼女のその問いが、静かなこの空間に響いていた。すると、胸の痛みがまた彼を襲っていた。思わず、顔をしかめた。

「今、迷ってます。今、なにをしたいのか…」

「なにかをするときに迷うのは、基本を押さえてからじゃないと。選択肢なんか、あなたにないわよ」

 相変わらずの厳しい物言いで、真由美はその背中にピシャリとそう言ってから、涼の顔を見えるように、彼の前に回った。

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