とけていく…
「涼くん」

 目を合わせない彼に、彼女は優しい笑顔を浮かべ、諭すように口を開く。

「誰かのために弾くんじゃなくて、あなたはみんなのために弾くべきよ。あなたのピアノを弾いて幸せになれる人がきっと世界中にたくさんいるわ。私は、
その可能性を潰したくないのよ。プロとして」

 彼はうつむいたままだった。彼女は続けた。

「いい? 確かに今弾いたのでは全然ダメ。でも、私は二年前に感じた運命はまだ信じてるわ」

 その力強い言葉は、彼の頭の中で痛いほど染み渡っていた。しかし、動けなかった。真由美は彼がその場から微動だにしない姿を見ると、小さく溜息を吐いた。

「考えておいてよ。コンクールは半年後の3月よ。参加登録は待てても、1週間。」

 涼はその書類を握らされると、彼女の家を出たのだった。

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