とけていく…
(あ…、やばい…)

 頭の中のあの笑顔と重なっていくのを目の当たりにし、めまいを起こしそうになっていた。

「あ、やっべぇっ!」

 そんな時、突然大声を上げたのは雄介だった。彼のその腹から出したその声の大きさに、彼は背筋をビクンとさせ、無理やり現実に引き戻された。

「だ〜っ! 沙織との約束に遅れちまう。じゃーなっ」

 雄介は叫ぶと同時に嵐の如く走ってその場を後にしたのだ。

(…置いてかれた)

 微妙な空気になる前に帰ろうと、涼は自転車のハンドルを握り歩き出そうとすると、シャツの袖をつままれていることに気付く。

「涼。…この間のことだけど」

 真紀がそう切り出した。

 すごく嫌な予感…。涼は、恐る恐る、真紀の顔を見た。すると、さっきの笑顔とは違い、彼女は意地悪さを存分に匂わせて笑っている。

「由里って、だぁれ?」

 その笑顔は、例えるなら『悪魔』だった。

「抱きしめちゃうくらいだから、すごく大事な人、なんだよね?」

 彼の嫌な予感は当たってしまったようだ。真紀は、耳元で囁いてくる。

「…その節は、どーも」

 ひとつ咳をしてから手首を振りほどくと涼は彼女から離れた。

「ま、仲良くやろうよ、ね」

 涼には、余裕たっぷりに背中を軽くポンポン叩く真紀が本当に悪魔に見えていた。

 胸くそが悪いはずなのに、彼は思い出していた。しばらく味わってこなかった、あの懐かしく、大好きだった日々を…



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