とけていく…
「真紀はずっと君が店に来るのを待ってたよ。『涼は絶対、弾きに来てくれる
』って言いながら、カウンターに座ってさ」

 涼はカップに口をつけたまま、マスターの顔を見た。

「え…?」

 すると、彼はニコッと涼に微笑んだ。

「まぁ、あの時、確かに正樹は大人気なかったよな。あいつは確かに才能もあって、将来有望。そんなセミプロが高校生を露骨にいじめたわけだし。でも、あいつが君にあんなことしたのも、無意味だったわけじゃないと思う」

 磨いていたグラスを、天井の照明の光に当てて、磨き具合を確かめながらマスターは続けた。

「直感が働いたんじゃないかな、いろんな意味でライバルになるかもって」

「ライバル…?」

 涼は、マスターの言っている意味がイマイチ理解できず、眉根を寄せて首を傾げた。

「ま、とにかくだ。待ちぼうけを食らった真紀に聞かせてあげてくれないか?」

「え…」

 迷っている彼の前に、マスターは古い真鍮のキーを差し出した。涼がとっさに手を広げると、その手の中にキーが滑り落ちた。

「選曲は、任せるよ」

 それが押しの一言になり、涼はゆっくりとカウンターから離れ、奥のピアノに向かって歩き出した。

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