プラスティック・ラブ
お疲れ様でした、と返す私に 彼女は後ろ手に小さく手を振ると
ドアの手前で立ち止まった。
大きく伸びをして「よし!」と小さく気合を入れ彼女が
これから向かう先は部長室。
待っているのは言うまでもなく、部長。
彼は副支配人も兼任しているが、企画部長としての印象が断然強いので
誰も副支配人とは呼ばない。
微塵の隙も感じさせないあの厳しい部長と
1対1でやり取りをするのだ。さすがの晶も緊張するのだろう。
私なら身が竦んでしまう。
ふーう、と大きく息を吐いた晶が背筋を伸ばして
ドアを開け出ていった。
今回のレセプションの最高責任者はこの提携の提案者である部長が担う。
御園一輝。その名の通りホテル御園の御曹司であり後継者でもある彼は
仕事には厳しい。
設営から進行、料理 ゲスト etc・・・と全てに関して
部長の鋭いチェックが入る。
これまででも仕事において一度で部長のOKが出たためしはないと聞く。
そんな厳しい彼のルックスは、見惚れてしまうような美青年だ。
しかも27歳と若い。
曽祖父である先々代の社長がドイツ人だからだろうか。
端整な顔立ちにすらりとした長身で
一見はとてもスマートで品のいい柔和な紳士に見える。
けれど仕事となると一変する。
デキる男にありがちな怖さと、猛禽を感じさせる
アグレッシブなオーラを全身から放っている。
部長は東都大を卒業後、ハーバード大に進みMBAを取得して
一昨年 帰国してからの一年間は ホテル・レブラント東京に勤めていたそうだ。
ベルボーイから始まって、一通りの仕事を体験したらしい。
ほぼ無休で、みっちり現場体験を積んだというから恐れ入る。
軟なお坊ちゃま育ち、ではないようだ。
余所の釜の飯を食い、現場も体感してこその帝王学というのが
代々御園に伝わる家訓なのだ、とはチーフの談だ。
その家訓に従い、経験値を上げた未来の帝王は
今年から御園で企画部長として手腕を揮っている。
格式や伝統ばかりに捕らわれない柔軟な発想と新しい感性で
次々と新規事業計画を発している。
古株の社員たちの中には彼のやり方を苦々しく思う者もいると聞いているけれど
若手の社員たちは触発され日々ポジティブに仕事をしている。
が、彼はいつまでも部長で収まってはいないだろう。
5年後・・・いや、3年後には取締役に昇格し
新館の総支配人になるとも噂されている。
そうなれば現場を離れてしまう。それが惜しいような気がしないでもない。
彼は将来、御園のトップに立つ人間なのだから
仕方がないのだけれど・・・
ドアの向こうに消えて行く晶の後姿に一礼した私は
首尾よく事が運ぶように祈った。