プラスティック・ラブ
彩夏に出会う前、俺の一番はバスケだった。
(彩夏に出会ってしまってからは彼女が不動の一番になったけど)
でもバスケが生甲斐だとか、全てだなんて大げさに思っていたわけじゃない。
それまで夢中になれる対象がなかったから
必然的に俺の中での優先順位が一番だっただけのこと。


とは言え、単に一番好きなスポーツというだけでなく
俺の中で特別なものだったのは確かだ。
暗闇で道に迷ってしまった俺に差した一筋の光のようなものだった。
そんなこっぱずかしいことは、口が裂けても言わないが
あの時バスケを始めていなかったら今の俺はない。


高1の冬休み。両親と進路のことでもめた。
家業を継ぐために医大へ行くことを当然のことのように思い
それ以外の選択など考えてもいなかった両親。
そりゃそうだろうな。曽祖父の頃に町の医院として開業し
祖父さんと親父の二代で総合病院にまで拡張したのだ。
息子である俺に継がせたいのは当然だ。
幼児のころから中学までは俺も医者になるもんだと疑いもせずに
よく勉強もした。高校は難関といわれる進学校に合格した。
しかし成長するとともに俺は自分の将来にふと疑問を抱くようになった。
俺は本当に医者になりたいのか?
本当に心からそう望んでいるのか、と。


でも いくら考えてみても答えは出せなかった。
医者になるのは嫌じゃない。病院を継ぐのもいやじゃない。
嫌じゃないけど、やりたいと切望しているわけではいない。
他にも職業はある。もっと自分に向いている職業があるかもしれない。
そういうものへの興味や感心を持つことも可能性すらも考えないで
このまま親のいうままに進路を決めていいものかどうか・・・


その思いを正直に両親に打ち明けてみたら
何をいまさら、と一笑に付されてしまった。
医大に進む実力がないならまだしも、そうじゃない。
経済的な心配もいらない。卒業して研修医期間を終えたら
勤務先を探す必要もない。何の不安もない将来が待っているというのに
なぜ他の可能性など探す必要がある?何が気に入らないのだと逆に詰問され
俺は返す言葉に詰まってしまった。
親の言い分に反論の余地がなかったからだ。


しかし こうも淀みなく言い切られると、かえって素直に聞けないもので
親に素直に従うのも癪だと感じていた年頃なのも相まって
俺の可能性をあんたたちに決められたくない!と大いに反発した。
それ以降、俺は両親が家に居る時間は外で過ごすようになった。


学校が終わると家に戻り、着替えて夜の街に出た。
ゲーセン、ネットカフェ、カラオケボックス等々 居場所などいくらでもあった。
同じような境遇の奴も、そうでない奴も集まってくるところは同じだ。
顔見知りもできて、なんとなくつるんで遊ぶようになった。
これまで付き合ったことのないような連中だったせいか
やつらと一緒にいるのは結構新鮮で楽しかった。
でもそれもひと月も経たないうちに、つまらなくなった。
刹那的に何かを紛らしているだけで
何も残らないとわかってしまったからだ。
それでも他にどうしようもなかった。こんなとき、大人たちは
スポーツや趣味、あるいは勉強に没頭すればいいというだろう。
でも、そんな前向きな気持ちにはどうしてもなれないから
虚しさを感じながらもぐだぐだしているのだ。


家に帰るのは明け方だ。そして昼まで眠った。
当然 学校の始業には間に合わない。
それでも学校は嫌いじゃなかったから、午後から行った。


両親はそろって医者だから
当直もあるし、急患があれば昼夜に関わらず呼び出される。
重篤な患者を抱えていれば
当直でなくても病院に泊まり込むことも多い。
さすがに俺が小学生までは母親は日勤だけの非常勤だったけれど
中学に上がってからは完全常勤に変えたので
いつ家に帰ってくるかもわからない状態だった。
両親共に俺の素行など気にしたことはない。
二言目には「信頼しているから」といわれたが
結局は自分たちの欲求を優先したいだけなのは明白だった。
だからといってそれに不満などなかった。
家の事や身の回りのことは俺が生まれる前から居る
お手伝いのハナさんが細やかにしてくれたし
4つ年上の姉が色々と気にかけてくれていた。


けれど学校に午後からしか登校していないことを
担任から連絡を受けた母親はさすがに慌てて俺を問い詰めた。
母親から話を聞いた父親からはひどく叱られたが
その生活を改めようとは思わなかった。

毎日午後から登校するだけで欠席はしなかったし
学校で問題を起こしたわけでもない。
授業はちゃんと受けたし、クラスメイトとも揉めたことはない。
医者になろうと思っていたくらいだから勉強もそれなりにできた。
中間期末の定期考査の成績もよかった。


けれど結局、単位不足で留年が決まった。
俺は納得して受け入れた。誰のせいでもない、自分でしでかしたことだ。
夜ごと盛り場をフラフラとするのにも厭きたし
いつまでもやさぐれていたって仕方ない。
こんな生活もここらが潮時だと思った矢先だった。


両親は病気でもないのに留年するなど
世間体が悪いといって関東の学校へ編入を決めた。
そこに俺の意思は反映されていないどころか、否応なしだった。
両親はどうあっても俺を自分たちの思い通りにしたいらしい。
なぜもっと俺を信じて任せてくれないのだろう。
俺はあんたらの操り人形じゃない。いい加減にしやがれ!


苦々しい思いを込めて握った拳で壁を叩き
椅子を蹴り飛ばして、家を飛び出した。



そしていつものゲーセンで憂さ晴らしをしていた俺の背に
「おい」と声が掛けられた。その声色の不遜さに小さな苛立ちを覚えた俺は
その声を無視した。どうせそこいらのチンピラが絡んできたのだろう。
うっとうしいが、この憂さを晴らすにはちょうどいい。
絡んできたら、一発ぶん殴ってやる。そんな風に思った刹那、肩を掴まれた。
よっしゃ、と意気込んで振り返ってみれば
そこに居たのは見覚えのある端整な顔だった。


「あ?!」
「何をやっているんだ、お前は」
「一輝?!」


眉間を軽く寄せ、いかにも不機嫌な顔で俺を睨みつけているのは
御園一輝。 俺の従兄弟だ。


「・・・ちょっと顔貸せ」
「何だよ?!」
「いいから、来い」


抗うことを許さないとでもいうように
ぴしゃり、と言い切られ、俺はしぶしぶ奴の背中を追った。


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