プラスティック・ラブ
「ったく。遅れるなと伝えたはずだぞ。成瀬」

「すまなかった」



真打ち登場・・・か。
右手を差し出して迎えたのは隣に居た一輝だった。
握手をしながら交わす二言三言の会話は険をはらんでいるのに
どこか気安さを感じさせるこの二人もまた親友なのだろう。


「コイツ、覚えてるか」

「・・・もちろん」



ほんの少し言い澱んだその間の意味を聞いてみたい。


「俺の秘書だ。今夜限定だがな」

「今夜限定?なんだそれは」

「ワケはコイツに聞け」


にやりと意味ありげに笑うと、一輝は彩夏とシャム猫の彼女を伴って
会場の真ん中へと消えていった。
そろそろ来賓の紹介と挨拶が始まる時間らしい。


ならば、こちらも。


俺はちょうど通りかかったボーイの盆から新しいグラスを2つ取ると
ホールの右側の窓辺へと成瀬を誘った。


人並みの向うで動く彩夏の姿を視界に捉えながら
俺は成瀬に声を掛けた。


「どうや、調子は」

「ああ、悪くない」


どう切り出したものかと考えた挙句に出たのは無難なご機嫌伺いだ。


「勝てそうか?コンペ」

「・・・芦田」

「ん?」

「俺と世間話をするためにわざわざ秘書に化けたのか?」


お前なぁ、人がせっかく気を使ってると言うのに。無粋なやっちゃ。
まぁいい。そういう心積もりなら直球でいかせてもらう。


「世間話やなくて昔話をちょっと、な」

「?」


怪訝そうな表情で射抜くような視線が向けられた。
まったく・・・
こいつはウイットを利かせた会話というヤツを多少覚えた方がいい。


「どうしてあの時 彩夏を受け止めてやらなかった?」

「あの時?」

「高校の卒業式に彼女から告られたやろう?」

「・・・・・・」

「彩夏の何が気に入らなかった?」

「答えなければならないか」

「ぜひ聞かせてもらいたいわ」

「聞いてどうする?」

「どうもしない。別にただの・・・」


興味や、と言おうとした言葉尻に成瀬の言葉が被さった。


「言えば、藤崎を返してくれるのか?」

「なっ」

「返してくれるのか?」


それが言葉遊びの冗談でないのは、その目を見ればわかる。
見据えて挑むような強く逸れない視線だ。
なんや、やっぱりそういう事やったんか。


「返す返さへんって・・・彩夏はモノちゃうで?」

「その通りだ」


なんや?!その余裕綽々な態度は。
・・・もしかして彼女ともう何かあったとか?
いや、そんなはずはない。
一週間前、この手の中で熱く甘く溶けていく彼女の身体を抱いたばかりだ。
離さないでと彼女はこの俺に言ったんだ。離さないで、と。


「彩夏はもう俺のモンや」

「モノじゃないのだろう?」


コイツ・・・! ほんまは性格悪いんとちゃう?


「そういう意味やない!」


会話の主導権が取れなくて、自身の余裕がなくなって行くのがわかった。


「あの時はああするしかなかった。気に入らないところなんてない。むしろ・・・」

「もうええわ」

「でも、諦めたわけじゃない」


よくもまぁ抜け抜けと。
一度彩夏を突き放して泣かせたお前に、彼女を愛する資格なんてない。


「何を今更」

「今だから、だ」


だからどうした。それが何だと言うんだ?


「お前の勝手な都合を彩夏に押し付けるな」

「そんなつもりはない。でも・・・決めるのは藤崎だ」


失礼する、と脇をすり抜けていった成瀬にそんな事は端っから決まってる、と
言い返してやりたいのに言えなかったのは彼女に愛されているという確信が
彼女を愛しているという自負を越えないからだった。
なのに・・・なんでコイツはこんなに自信があるんだろう。
その自信はどこから来るんだ?


自分と変わらない体躯なのに、歩み去る成瀬の背中がやけに大きく見えた。


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