プラスティック・ラブ

「まぁ、何にせよ・・・ この状況を何とかしないと
私達の仕事にも支障が出ますよ?会長サン」


きっちりと帳尻を合わさなければならない会計報告に神経を尖らせて
細かいチェックをするピリピリとした雰囲気など構いもせずに
生徒会室のドアの向こうでひそひそと話しながら
こちらの様子をうかがう気配をあからさまに放たれてはたまらない。


見かねた勇人が注意をするためにドアを開けると
それを待っていたかのように「きゃぁ」という嬌声をあげて
駆けて散らばり、またしばらくすると戻ってきてドアの陰に潜む始末。


「全くだ・・・」


短いため息を落とした勇人がぼそりと呟いた。


「俺には言わないが、石井も困ってるみたいだしな」


石井というのは勇人が属するバスケ部の副キャプテンだ。
バスケ部もここと似たような状況か、あるいはもっと大変なのだろう。
あの部には勇人の他にも人気者がいる。
3ポイントを鮮やかに決める梶山、ダンスのステップを踏むかのように
軽やかにドリブルをしてディフェンスを抜いていく鴻上。
ポスト成瀬と言われている次代のエース、1年生の山本。
でも彼らが悪いわけじゃないし、キャプテンである成瀬だって
どうしようもないのだから、と何も言わない石井の気持ちはよくわかる。
その点は私だって同感だ。


やれやれ。石井よ、お互い副官として苦労しますな。


本当にな、と苦笑う石井の顔が浮かぶようだった。
彼とは出身中学が同じで三年間、クラスも同じだったこともあって
今でも気安く話もするし、教科書や辞書の貸し借りもする。
彼は中学時代から責任感が強く、常に公平で面倒見もよく優しい。
派手で個性派揃いのバスケ部を上手くまとめているのは
キャプテンの勇人ではなく、実は副キャプテンの石井だ。
勇人はそこに居るだけで人を惹きつけるカリスマ性があるけれど
極端過ぎるストイックさと厳しさはチームを率いるリーダーとしては難ありだ。
そんなキャプテンの勇人と部員の間に挟まれ、苦労も多いはずだろうに
体育館に群がる女子の対応にも悩まされているなんて気の毒でしかたない。


それより何より勇人本人の困った顔が切ない。
あまり女子と打ち解けた物言いをしない彼にとって私は
唯一とは言わないけれど
気安く声をかけてくれる数少ない女子のひとりであるのは
間違いないと思う。そんな私に出来ることと言えば・・・


ああ!


ふと浮かんだ妙案に「そうだ」と手を打った。
「なんだ?」と怪訝そうに私を見る勇人の隣の椅子を引いた。



「あのさ、とりあえず私を彼女って事にしとく?」

「え?」

「もちろん、カタチだけ。本当につきあうわけじゃないわよ?」

「おい」

「生徒会の役員同士、よくある話ってみんな納得するわよ。
 それで騒ぎが収まればいいじゃない」

「でも」

「まぁ相手が私では不満でしょうけれど、ちょっと我慢しなさい」

「不満だとか、そういう事じゃない」

「ああ、誤解されちゃうか。成瀬くんの好きな人に」


否それよりも、と苦笑いした勇人が
「藤崎こそ、そういう心配があるんじゃないか?」と
優しい眼差しで私を気遣う。


この人は・・・ 
こんな顔を誰の前でもする人だっただろうか。
胸の奥で小さくツンと刺すような甘い痛みが走った。



「残念ながら、そんな心配は無用です」

「え?そう・・・ なのか?」

「まあね」



本当は「あなたのお蔭で」と付け加えたいところだけれど
そんなことを言えば勇人はきっと酷く気にして恐縮してしまう。
そういう人なのだ。


前にこんなことがあった。
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