プラスティック・ラブ
三年生が引退して、二年生が主力の新体制になると
ほとんどの部は正副キャプテンは二年生が務める。
一年生が副キャプテンに抜擢されることも異例ではないが
よほど二年生が少ない場合か、特別な場合に限られる。


勇人は入学する前から注目されていた選手だったし
圧倒的なカリスマ性は当時からあった。当然の人選だったが
私の場合は止むに止まれずだった。


私が所属する陸上部は男女の別がなく
キャプテンが男子、副キャプテンが女子と決まっている。
今年は二年生の女子部員がゼロだったために
一年生の女子にそのお鉢が回ってきたのだ。
もちろん一年生の女子部員は私ひとりではなく
10人ほどいるのだけど、入部して初めての大会で
100Mに出て優勝をしたせいで、副部長に推されてしまった。
しかもタイムは全国大会の標準記録を突破。
図らずも全国大会への切符も手に入れてしまった。


もともと中学でも陸上をやっていたし
中学2年のときは全国大会とジュニア五輪に出場もしている。
3年生のときはケガをして成績を残せず悔しい思いをしたけれど
それなりの実力があることは自分でもわかっていたので
高校でも照準を合わせていたのは全国レベルの大会への出場だった。
でもまさかこんなに早くそれが叶うとは思わなかったので
自分でもちょっと驚いてしまった。


おまけに「祝全国大会出場」の横断幕を
校舎を囲むフェンスに掲げられたときはのけぞるほど驚いた。
何て大げさな・・・と気恥ずかしくて気恥ずかしくて
毎日の登下校のたびに嫌でも目に入る自分の名前が苦痛でしかたなかった。
そのことも後押しとなり、満場一致で副部長は私に決まってしまった。


ただでさえ先輩ばかりで緊張する部長会だというのに
異例の抜擢、期待のルーキーだの好奇と嫉みの視線に
酷く居心地の悪さを感じていた私に
「皆を黙らせ納得させる実績をつくればいい」と
声をかけてくれたのが勇人だった。
確かに、と私は納得した。
それまでは記録を伸ばすことばかりに拘ってきたけれど
それ以降は記録だけでなく表彰台に上がることにも拘るようになった。


その後、成瀬とは二年で同じクラスになったり
一緒に生徒会をやることになったりして
親しさは増したけれど、あくまで気の合う『仲間』だったし
仲間内で過す時間が楽しくて
その枠を越えてどうこう・・・などと考えた事はなかった。


だから勇人に好きな人がいると知っても平気だと思っていた。
むしろ応援してあげようと
そんなお節介な気持ちすら抱いていたほどだ。


恋愛に対してまだまだ拙く幼かった私は
頭では理解できても割り切れない
厄介な感情というのがあることを
このときはまだ知らなかったのだから無理も無い。



それなら、と差し出された勇人の左手に
「契約成立ね」と自分の左手を合わせた。



「よろしく頼む」

「こちらこそ」



その刹那、きゅ、と胸が縮むような・・・
微かな痛みにも似た感覚を覚えたけれど
でもそれが何なのかと思い考えることよりも
明日から卒業までの約一年間
「成瀬勇人の彼女」である自分を思うのが精一杯で
この時はその痛みの意味をさして気に留めることもなかった。


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