プラスティック・ラブ
敵をあざむくのなら先ず味方から。


その言葉通りに私達の「契約」は互いの親友にも打ち明けていない。


「何となくそうなるんじゃないかなぁと思ってた」と
にっこり笑ってケーキを美味しそうに頬張る結菜は
本当に私が勇人とつきあいだしたのだと信じている。



成瀬もあちこちで散々冷やかされたらしく
少し可哀相な気もしたけれど
おかげで三年生に進級してからはあの騒ぎが嘘のように治まっている。
思惑通りに事態は運び、私も勇人もほっと胸を撫で下ろした。
女の子の熱は上がるもの早いけれど冷めるのも早い。
意中の人が誰かのものになった途端に熱は急激に冷めて
ときめきを失ってしまうものなのだ。


それとは逆に・・・
私の心中は日に日に穏やかではなくなっていった。



それまでも生徒会の役員として一緒に居る時間は少なくなかったけれど
「彼女」となった今は、周りの気遣いとお節介のお蔭で
今まで以上に一緒に過ごす時間が多くなってしまった。


そうなると当然、これまで知らなかった勇人の一面を
見たり感じたりするわけで・・・戸惑ってしまう。
帰り道でじゃれてきた子犬を抱き上げて笑った顔が
これまで見たことがないほど優しくてドキドキしたり
意外にも甘いものが好きでアイスクリームのチョイスをするのに
チョコにしようかストロベリーにしようかとあまりにも真剣に悩むので
両方買って、半分こずつにしようと提案したら
子供みたいに喜んだのが可愛いくてきゅんとなったり。


そんな小さなときめきが重なって
大きな甘い疼きとなって、それがどんどん膨らんで
今では胸を苦しいほどに締め付けている。
本当の恋をしている間柄ではないからこそ
友人として、そして秘密を共有する同志のような連帯感で
彼は私に無防備に気を許しているだけだと分かっているのに
月日が経つにつれ、どうしようもなくときめいてしまうのを
止めたくても止められない。



―― どうして恋人を装うだなんて言ってしまったのだろう ――



少しずつ大きくなる後悔とともにため息の数が増えていった。
一年前のあの時は深い考えもなしに
ふとした思いつきで言った事だと思っていたけれど
実はそうではないのかもしれない。自分でも気づかぬうちに
密かに抱いていた勇人への思いが、あんなことを言わせたのかもしれない。



―― 私は勇人が好きなんだ ――


あらぬ噂をたてられても嫌な気がしなかったのがその証拠かもしれない、と
今更気づいても遅すぎる。



―― 私はなんて恋に対して鈍く疎く 幼かったのだろう ――



それにあの時、勇人が絶望的な片思いだというのも知ってしまった。
だからきっと私は無意識のうちに・・・ そう考えると
困っていた勇人に付け込んでしまったような気がして居た堪れなくなってくる。
勇人には心に思う諦めきれない人がいると分かっているはずなのに。



それでも 私は勇人が好きだ。


もしもこんなことになっていなかったら
ただ無邪気に恋をすることを楽しんでいたはずだ。
彼に憧れていた大勢の女の子たちと同じように
すれ違うだけでときめいて、目が合ったと言ってはしゃいで
おはようの一言を交わしただけで一日が幸せで。
そんな無邪気な毎日を過ごしていたかもしれない。


なのに今は、こんなにも切なくて苦しい・・・



だから勇人の恋人を装うのもそろそろ限界かもしれない。
自分の本当の気持ちに気づいてしまった今は
偽ることよりも、本心を隠す事の方が辛くなってきている。
それならいっそ恋人気分を楽しんでしまえ!と思ってみたりもしたけれど
ともに過す時間を楽しもうとすればするほど想いが募って
そんな余裕などこれっぽっちもなくなってしまう。
それに私ではない女性を想って
あんなに切ない表情をする勇人を見るのはとても辛い。


辛いけど・・・


今さらこの関係を白紙に戻すとは言えない。
もう契約期限の卒業式まであと1ヶ月余りなのだから。
それまでは、進むことも退くこともできずに
抱えた想いにもがいていることしかできない。
明日もまた切ない片思いを笑顔で隠し、彼の隣に立つのだろう。



早く卒業式がくればいい。早く早く・・・
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