二重人格三重唱
 「違うのよ! 翼のお母さんが薫さんだったの。香さんも浮気相手じゃないわ。双子だと知らないお父さんが同時に二人を愛してしまったから悲劇が始まったの」


「例の睡眠薬強姦か?」

陽子はうなづいた。


「あなたのお母さんを睡眠薬で眠らせてレイプした。誰の仕業か判らないように工夫して」

陽子はため息を吐いた。


「翼が言ってた。私が眠らされていた時、お義母さんは『私の時にも同じ事をしたのね』と言ったと」


翔はうなづきながら聞いていた。
その発見は覚えていた。
確かにあの現場で……
薫はそう言った。


「それが薫さんが香さんだという証拠よ。お祖父さんも、義母さんを香と呼んでいた」


翔はしばらくは、おとなしく聞いていた。


翔は本当に知らなかった。

父親の浮気相手の子供。

それだけで翼を憎んだ。

それだけで充分憎む価値はあった。

母に苦しみを与える翼。

自分の屈辱を味わせた翼。

何も勉強しなくても、翼は出来ると翔は信じていたのだった。


全てを翼のせいにしたかった。

愛する母の叱咤激励。

激しい溺愛さえも。


「それでもやっぱりお前が憎い。お前が翼の前に現れなかったらお袋は苦しまなかった」

翔は再びサバイバルナイフを構えた。


「私のせいじゃない!」
陽子は涙を拭いもせず、翔を見つめ続けた。


「そうだいいこと教えてやる。翼を殺したのは俺だ。アイツはヒーヒー言いながら死んで行ったよ。嬉しいか! アイツと同じナイフで死ねるんだぜ」


その途端。
翔は思い出していた。
翼を刺したあの瞬間を。


確かにこのナイフだった。

翔は今。
はっきりとした記憶の中で、翼を殺したことを確認していた。


(コイツを殺せば、アイツはもう度と出て来る事はない)

そして翔は再びそのナイフで翼を抹殺することを決めていた。


そう……
陽子が死ねば、翼は魂のよりどころをなくすのだ。


(コイツさえ居なくなれば……)


翔が不気味な笑顔で迫って来る。


「狂ってる。翼助けて!」
陽子は思わず天を仰いだ。

青々とした木々の向こうに、真っ赤な太陽が輝いていた。


「ねえ翼! どうして私の名前が陽子なのか知ってる?」


「お前何言ってるんだ!?」
陽子の突拍子もない言葉で翔が動揺する。


「翼! あなたは私が太陽だと言ってくれた。でも違う。翼! あなたが私の太陽だったの!」

陽子は我が子を守るためにもう一度身構えた。



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