二重人格三重唱
 『陽子ー!』
節子の声が聞こえてくる。

その時。


「陽子ー! 逃げろー!」

翔が自分にナイフを向けて叫んでいる。


「翼! 翼なの!」
陽子が声をかけた瞬間、翔は自分を刺していた。


「翼!」
陽子は翔の元に走った。


「翼!」
陽子は落ちていたナイフを遠くに投げて背中から翔の体を抱き締めた。


「あっ!」
陽子は息を詰まらせた。
心臓が止まっていた。


「びっくりしないで。だから喋れるんだから。陽子が僕が太陽だと言ってくれたから、だから又自分を取り戻せたんだ」


「そうよ翼、あなたは私の太陽よ」

陽子は翔の体にお腹をつけた。


「あっ! 赤ちゃんが動いた! 翼! 聞こえる? 行かないでって言ってるの! 聞こえる?」
翼はうなづた。


「陽子。僕はやっと気付いた。長い間探していた答えが解ったんだ」

翼は陽子のお腹に耳をあてて、胎動を感じてようと目を閉じた。


「僕は、自分の産まれて来た意味をずっと探し続けていた。その意味が……。それは陽子と出逢うためだった。そして自分の子供を守るためだった」

翼は苦しいそうに、それでも精一杯強く言った。


「そうよ。私はそんな翼を愛するためだけに産まれて来たの。翼は私のことを太陽だと言ったけど、私には翼自体が太陽だった」


「陽子が太陽の子だと言ったから、僕は……」

翼は自分の意識だけで翔の目を開かせた。


陽子の体と太陽が重なる。


「眩しいなー。お祖父ちゃんの家で見た陽子そのものだ。やっぱり太陽の子供だな……。陽子が何時か話してくれた吉三郎も、子供を残して……。どんなに無念だったか! 今更知るなんて……」

ゆっくりと目を閉じる翼。


「陽子、僕の子供を頼む。陽子のような優しい子供に育ててやってほしい。陽子……、僕の太陽」

翼はそれだけ言って、動けなくなった。


「イヤーー!!」

ロープウェイ入口駅に陽子の悲鳴が渦巻いていた。


「翼教えて! 翼の体は何処にあるの? 何処に行けば逢えるの?」

何も聞こえないのか、翼は黙ったままだった。




 『陽子ー!』
節子の声がだんだんと大きくなってくる。

陽子はやっと我に戻って、翼がこと切れている事を確認した。

陽子の目から涙がふき出した。

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