二重人格三重唱
 節子が息を切らせて坂道を駆け上ってくる。

節子は焦っていた。
履き物は突っ掛けだった。
それが歩行の邪魔をする。


廃止された、三峰神社表参道のロープウェイ入口駅に向かう道。
其処はレンガを敷き詰めたためゴツゴツしていたのだ。

節子は歩き辛い場所を必死になって登って来たのだった。




 陽子は次第に冷たくなっていく翔の体を抱き締めながら、それでもまだ翼の声を聞こうとしていた。


「陽子ー!」
やっと節子がたどり着く。


「あんたが殺ったの?」
節子は、陽子に抱かれて冷たくなっている翔を見て聞いた。

陽子は節子の言葉を聞いてドキッとした。

陽子の両腕の中で、翼はこと切れていた。




 陽子は首を振った。


「殺ったのは翼」

陽子の言葉に節子は首を傾げた。

周りを見ても、翼の姿は何処にもなかった。


「翼は翔さんの体の中に住んでいたの」


「何言ってるの。私にも分かるように説明して」

節子は翔を抱いて泣いている陽子の背中から、陽子を抱き締めた。


ようやく落ち着きを取り戻した陽子は重い口を開き、真実を語り始めた。




 孝と薫として生きた香を殺したのは、翼だった。

合格祝いの宴会の日。
前日から翔がデートだと知った翼は、日高家に早朝忍び込んだ。

孝がコーヒーを入れる時、水に拘っているのは知っていた。

いつも山奥から汲んでくる水。

その中に医師から貰った睡眠薬を崩した作った水溶液を大量に入れておいた。


沈殿物で疑われなくするためだった。
中川に出発する一時に再び忍び込んだ翼。

居間のカーペットの上に二人を置いて、その上に大きなビニール袋を乗せた。

返り血を浴びない為の配慮だった。

ビニールの手袋でサバイバルナイフの柄を持ったのは、翔の指紋を消さないためと自分の指紋を付けない工夫だった。

ビニール袋の端を少し上げナイフを振り下ろす。

二人共即死の筈だった。

その上から用意してきたアルミシートを乗せた。

軽くて暖かい、キャンプ用のシートは足の付かないように東京の量販店で購入した物だった。

アルミシートは体の熱を逃がさないだろう。
その上軽く後処分も楽だった。

中川の帰りにアルミシートとビニール袋を回収した。

これが翼の考えた完全犯罪の答えだった。


実は陽子は何も知らされて居なかった。

ただ車で待機していただけだったのだ。


それは……
陽子のことを思い図った翼からの愛だった。



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