二重人格三重唱
 パトカーで日高家に到着した陽子は震えて泣いている摩耶を抱き締めた。

二人でこの現実を直視しなければいけないと思った陽子は、摩耶を連れて現場に立っていた。

今まで生きていたかのような翼の遺体。


「白骨化した手に手を添えていたそうです」
刑事が節子に言った。


「生きたまま埋められたのですか!?」
節子が聞く。


「いやはや解らん。娘さんの話だと、行方不明になったのは二カ月程前からだと」


「そう聞いてます」
節子は陽子の様子を伺いなから話していた。


「翔さんの結婚式の時、殺されていると実感したの」

やっと陽子が話した。


「そりゃおかしいわ。この遺体どう見ても死後そんなには経ってないわ」
刑事は首を傾げた。




 誰の目にも今まで生きていたように写る翼の遺体。

翔の体を借りて陽子を愛し守り抜く。

それでも自分の体は愛しい母を追い求める。悲しい翼がいた。


陽子は何気なくポケットに手を入れた。

その瞬間レコーダーのスイッチが入った。


『陽子ー! 逃げろー!』

翼の声が響きわたった。

陽子は地面に突っ伏し、激しく泣きじゃくった 。


「そうよ。翼は今まで生きていた! 私を守る為に生きていた!」
陽子は渾身の気持ちを込めて激しく地面を叩いた。

節子は陽子を見守るしかない自分を責めながら、抱き抱えていた。




 この異様な光景は愛の深さ故だとマスコミは報道した。

警察は陽子が、姑による睡眠薬強姦事件の被害者だという事実を隠した。

これ以上マスコミの晒し者にさせたくなかった。

この事件の一番の被害者は陽子なのだから。


「お母さん。私この子を優しい子供に育てたい。翼に負けない位優しい子供に」
陽子は翼の大きな愛によって生かされたように、自分も負けない位大きな愛を産まれてき来る我が子に捧げようと思った。

翼が運命だと言った自分との出会い。

この子にもそんな日が訪れる事を思いつつ、三峰ロープウェイ駅に向かっていた。

摩耶は遺体確認のために先に行っていた。




 閉鎖された三峰神社行きロープウェイ駅は撤去され、今は枠組みだけ残している。


摩耶は半狂乱の状態で翔と対面していた。

無理はなかった。昼の翼の遺体発見等で精神は混濁していた。

翼に支配され、自分を刺した翔。
それでも穏やかな表情だった。


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