二重人格三重唱
 羊山公園を後にした二人は、羊山入り口を右に向かった。

暫く行くと秩父市役所横の駐車場に出る。
その行き着く先を右に折れると、談合坂が見える。


この先にあるお花畑駅。
二人は此処から又電車に乗った。
行き先は、陽子の住む武州中川駅だった。


男のケジメとして、陽子の両親に挨拶するためだった。
それと同時に陽子を一人で返したくなかった。


でも本音は、少しだけでも傍に居たかったのだ。


中川の駅の反対側にある陽子の家。


「貴方が翼君?」
節子はそう言いながら翼を見つめていた。

翼は恥ずかしそうに目を伏せた。


陽子が家の中に入っても、翼は名残惜しそうに、線路に佇んでいた。

翼は本気で陽子を愛し始めていた。

不器用な翼。
まだ愛し方も知らず、ただ一途に恋の虜になったことを喜んでいた。


家の中に入った陽子は、そんな翼を二階の自室から見つめていた。


翼の一挙手一投足に感銘を受け、益々大好きになっていく。

陽子も、一途に恋の虜になれた喜びにその身をおいていた。


「ねえ。もしかしたらなんだけど、二人結婚したら此処で住まない?」

陽子の母親の節子が突拍子のないことを言う。


「だって翼君可愛いんだもん。お婿さん何てどう?」

節子は真面目らしい。
でも陽子は大声で笑い出した。


「い・や・よ。私だけの翼だもん」

言ってしまってから、陽子は恥ずかしそうに俯いた。


節子には三人子供がいた。

翼の叔父・忍と結婚した長女の純子。
それに陽子の弟。


陽子はその弟が家を継いでくれると思っていた。

だから自分と翼が家に入ることだけはしたくなかったのだ。


バッグから出したポットなどを洗った後、陽子は緑色のコインパースから二人分の“みくじ”を出して愛しそうに眺めていた。


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