徹底的にクールな男達
♦(11/3)

 はしゃいでいられたのも束の間、11/3は祭日であり、その日休日になっていたのは麻見くらいであった。

 しかもその翌日の休日は一週間のうちで作業が最も多い金曜日であり、そんな日にできない子はいらないとメッセージを送られているようでもあった。

 シフト作成者の武之内から。

 結局人数も、6時上がりの沙衣吏と、高橋君という沙衣吏がよく使っている年下の男の子と、何故か遅上がりの福原部門長である。

 予想は、7時から沙衣吏と2人で始め、8時に高橋君が合流し、大人しく行儀正しいながらもそこそこ面白い会話で和み、11時になって爆発するという流れだ。

 自宅に福原が上がり込むと考えただけでも腹立たしいが、沙衣吏が

「ごめんね、明日早出の人が多くて人数揃わなくて。高橋君とたまたま鍋の話してたら福原さんが近くにいてね。盛り上げたいって言うから……」

 そう言われれば、麻見であっても断れないだろう。

 それでも、沙衣吏と2人でしんみり愚痴の言い合いになるよりは良かったのではないかと気分を持ち直し、まずは3人でスタートしたのであった。

 予想通り事は進み、

「おっじゃまー!! あー、疲れたー。上がりマース!!」

 11時になって、ワイシャツに制服の黒いスラックス姿の台風はやってきた。

「お疲れ様です! 福原さん用に今から作り直しますからね」

 さすが沙衣吏だ。特に沙衣吏からすれば直属の上司に当たるので、なおさらかもしれない。

 そんなことをぼんやり考えながら、酎ハイでいい感じになった麻見はただ、ノンアルコールのカルピスだけ飲んで、出社後ながらも元気に世話を焼いてくれる沙衣吏の手先をただ見ていた。

 四角い炬燵の右隣が沙衣吏、左隣が福原の席順で、パッと突然大きな掌が目の前を塞ぐ。

「えっ?」

 驚いて、手の出所を見た。

「酔ってる? ぼーっとしてるけど。あ、俺が来たの分かってる? 福原だよ」

「分かってます!」

 イキナリなんなんだと、つんけんして答えた。

「おっ、普段は黙ってるのに酔ってると言うねえ」

「何も言ってません! 分かってますって言っただけです! 分かってます! そこに座ってるのが、福原さんだということは分かってます。玄関入った時から分かってます!」

「何回『分かってます』言うんだよ」

 言いながら福原は大きな声で笑った。

「福原さんが分かってる? って聞いたから分かってますって言っただけです。何でそんなつっかかってくるんですか? 」

「つっかかってきてるの、そっちだよ……サンキュ」

 福原は、こちらのことなどすぐにどうでも良さそうに、沙衣吏から受け取った箸と小鉢を手に、「頂きます」と食べ始めた。

「…………麻見さん、もう食ったの?」

 一杯目を食べるなり、次の肉を鍋から取りながら聞くので

「食べました」

「酎ハイ何本飲んだの?」

「2本です」

「3本だよ」

 沙衣吏は間髪入れずに答えた。

「ほら、ミカンと桃とりんご」

「ウソ!? リンゴなんて飲んだ!?」

「飲んでたよ。私普通のカルピスしか飲んでないもん。高橋君は水だし」

「え、マジ!? 全然記憶ないんだけど!」

「記憶飛ばすほど飲んでんの?」

 福原は笑いながら聞いた。

「いや……え? 私それ飲みながら何話してたっけ?」

「さあ……そこまで覚えてないけど」

「ウソ……全然覚えてない……」

「じゃあ俺も飲むか。近いから代行で帰るし」

「ビールですか? 1本なら冷蔵庫あります」

 沙衣吏はすぐに立ち上がった。

「いや、1本じゃ足んねーな……まあいいわ。とりあえず1本飲んでからで」

 言いながら福原は、沙衣吏から受け取った缶をグビグビ飲んでしまう。

「やっぱ鍋はいいなあ。旨いし!」

「沙衣吏すごいよね、ほんと美味しい。いいお嫁さんになれるよ絶対!」

「麻見さんはなれねーの?」

 福原の言葉にカチンときたので、

「なれますけど、それがどうかしましたか?」

 ギロリと睨んだ。

「プッ、どしたの? 酔うと全然キャラ違うね。いつもはわりと控えめなのに。なに今日、可愛いじゃん」

 えっ、それ……どゆこと?

 麻見はただ、固まった。だが、そこで周りに悟られてはいけないと、すぐに無意味な動きを開始する。

「いつもはツーンとしてるってゆーか、そんな感じなのに」

「えっ、そんなつもりはないですけど……真面目に仕事してるだけですよ」

「特に店長の前でツーンとしてない?」

「してないです! あれは、逆に控えめになってるんです!」

「あそう? 」

 福原はどうでも良さそうに笑った。

「2本目、買ってきましょうか?」

 さすが沙衣吏は部下に徹している。次回は必ず沙衣吏に飲ませてあげなきゃと心の中で強く思う。

「うん、悪いな。ありがと。金出すよ」

 さすが大人な37歳だ。財布から五千円も出している。

「じゃあ高橋君と一緒に行ってきますってもう12時か……明日早出だし、買い出し終わったら帰りますね」

「え゛!?」

 この爆弾はどうするの!? と麻見は沙衣吏を見たが、それより早く福原が

「じゃキリンクラシックラガー買って来て。2本。麻見さん、俺片付けして帰るからもうちょっと飲ましてね」

 ちょっ……まあ、片付けしてくれるんなら……。沙衣吏がある程度は片付けしてくれているが、それでもまだまだ洗い物が残っている。

「じゃあ買い物行って来ます。あ、高橋君は家まで送って行くね。ちょっと遠回りになるけど、先送ってからこっち帰ってきます」

「いいよー。はい行っといでー」 

 完全に気分は上司だな。

 まあ、間違いないんだけど。

 高橋君も、結局最初から最後まで特に乱れることもなく居たが、あれはおそらく沙衣吏狙いだなと予感する。

 こういう予感に限って当たらないのだが、まあ、この帰りに好きだという告白でもあればロマンチックなのにな、とは思う。

「はあ……で」

「え?」 

 玄関のドアがバタンと閉まるなり、福原は唐突に真剣な表情でこちらを見つめた。

「えっ、何ですか?」

「何って。俺がいて、警戒も何もしないの?」

 平たい目につり上がった眉で、しっかり見つめてくる。

「何で警戒するんですか! 部門長ですけども、あ、上司なんだからもっと気を遣えってことですか?」

「そうだよ」

 まさかそう答えると思っていなかった麻見は、ただ俯いて

「…………、す、いません……」。

「ハハ、冗談だよ」

 途端、ムッとくる。

「麻見さん、なんでも素直だから面白いなあ」

「だって部門長が言ってることは全部正しいじゃないですか。だから真に受けるんです」

「……ふーん、まあそうだなあ。麻見さんは素直だし、そこが可愛いいな」

 なんかそれ、やめてくれません……?

「そっ……んなことないです……」

 否定しなきゃ、冗談を真に受けるなって思われる、と焦る。

「んなことねーよ。可愛いと思う。でなきゃ告白しないって。まあ、完全にスル―されてるけど」

「…………、…………」

 あれ、やっぱり告白だったんですか?

「告白だと思ってなかった?」

 心を読まれた気がして、慌てて

「そんなことないです!」

「じゃあなんでノーリアクションなの?」

「いやだって…………」

「彼氏いるし?」

「いません」

「あれ、いつも迎えに来てるのは?」

 何故そんなことを知っているのかと、驚いて顔を見た。

「知ってるよ。みんな知ってるんじゃない? いつも店長の隣にクラウン停めてる」

「…………、あれは、彼氏じゃありません。家族みたいな感じです」

「一緒に住んでるの?」

「まあ、相手は仕事が忙しいので、いつも家にいるわけじゃないですけど」

「ルームシェアしてるとか?」

「まあ、そんな感じです」

「それで送り迎えしてくれてるの?」

「……まあ、仕事の通り道的な感じなんです」

「あ、なるほど」

「はい……」

「いい言い訳の仕方だね」

「事実です!」

 麻見は言い切ると、福原を睨んだ。

「そしたら……」

「え」

 突然ぐいと腕を引っ張られて、抱きしめられて驚いた。

「奪うってのも違うか」

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