助手席にピアス
「なあ、雛。そろそろ移動しないとヤバくないか?」
夢のようなひと時は琥太郎のくぐもる声で、あっという間に終わりを迎えてしまう。
「あっ、いけないっ! 急がなくちゃ! 琥太郎、クロークに預けた荷物をお願いしてもいい?」
琥太郎の胸から弾け飛ぶようにして距離を取ると、バッグの中から引換プレートを取り出す。
「ああ、わかった」
「じゃあ、お願いね」
徒歩十分の二次会会場に向かうために、急いでその場を離れようと足を一歩踏み出す。けれど、また琥太郎の大きな手によって、手首を掴まれてしまった。
「な、なに?」
視線を上げれば、琥太郎は眉間に皺を寄せている。
「おい、雛。焦って道路に飛び出すんじゃねえぞ。いいな?」
「う、うん。気をつける」
琥太郎は私の返事を聞くと二重の丸い瞳を細めると、手を離した。
手首に感じていた琥太郎の温もりが、徐々に冷えていくのが寂しい。でも今はそんなことを言っている場合ではない。
名残惜しい気持ちを断ち切るように、琥太郎に背中を向けると足を進める。そしてロビーを横切ると、東京プリマホテルを後にした。
三月の夕刻の空気は昼間に比べると、ひんやりと冷たい。けれど、琥太郎に抱きしめられて火照った頬には、心地よかった。