猫に恋する、わたし



「よう」



信じられない。

どうして彼がここにいるんだろう。




「へえ宮川ん家、和菓子やってんだ。シャレてるじゃん」


彼はカウンターで彩りに並んでいる和菓子を手に取った。

珍しい訪問に智充君も驚いている。


「羽生じゃん。お前何してんの」

「別に。甘いもの食いてえなと思ったらここに辿りついた」



嘘ばっかり。

さっきは甘いもの好きじゃないって言ってたのに。




彼と目が合う。



「どうも。バカでアホでチビででくの坊です」


唇を噛みしめるわたし。


「そもそもチビででくの坊って矛盾してね?」


くっ、と彼が肩を揺らした。


….この人はわたしをバカにするために来たんだろうか。




「なあ何の話?」と智充君。


わたしが黙っていると彼が笑って答える。


「女は切れると怖いねって話」

「は?」

「宮川、悪い。こいつ借りるわ」


ふいに、わたしの手をとる彼。


「やだ…」


抵抗してみたものの、彼の力にはかなわない。

わたしは彼に連れられるままに『花椿』を出た。





どうして。どうして。


わたしの中でずっと疑問符が浮かんでる。



放っておいてほしいのに。

わたしはもう傷付きたくないのに。



彼の手が温かくて、我慢していた涙が出てきそうになる。








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