嗤うケダモノ
「あの女の人は、ダレー?
ほら、一人ダケ着物じゃなかった、髪の短い人。」
「あぁ、彼女は瑞穂(ミズホ)さんといって…
その… 清司郎さんの…」
「奥さん?
じゃ、チヅコって人はー?」
「その… 瑞穂さんは内縁と言いますか…
子供の頃からの仲だったンですが…」
年配の仲居は俯き、聞き取りにくいほどの声でモゴモゴと言った。
だが由仁は腰を屈めて彼女の顔を覗き込み、容赦なく先を促す。
「申し訳ありません、久我様。」
上目遣いでチラリと由仁を見た仲居は、か細い声で許しを乞うた。
「内輪の事情をこれ以上お話ししますと、私が長様に叱られてしまいます…」
「「オササマ???」」
「あの… 孝司郎様です…」
「「…」」
沈黙に同じ思いを込めて、由仁と日向は再び顔を見合わせた。
いくら近代化が進もうと。
都会の若者が入ってくるようになろうと。
ずっとこの地に住んできた者にとって、代々集落の長である青沼家の威光は、依然として絶大なのだ。