嗤うケダモノ

瑞穂との婚約を解消して千鶴子と一緒になりたいと懇願する清司郎を、孝司郎は激しく叱咤した。

家柄が違いすぎる。
年齢だって、そう。

何より、生涯の決断を下すには、おまえは子供すぎる、と。

しかし清司郎は諦めなかった。
いっそ家を捨ててでも、と周囲に漏らすようになった。

それほどまでに、千鶴子に溺れていた。

だが、当の千鶴子はどうだったのだろう?

彼女はピッタリとつきまとう清司郎に笑顔を返してはいたが、得意先の家族と一業者、という距離を保って接しているように見えた。

誰かに特別な感情を持っているそぶりなど一切見せず、誰にでも分け隔てなく明るく対応し、誠実に仕事に励んでいた。

だから皆、清司郎だけが患った一時的な熱病だろうと思った。

二人は深い仲にはなり得ない。

いつか千鶴子はこの地を去る。

いつか清司郎の熱も冷める。

いつかそれぞれ別々の場所で、別々の幸せを見つけるはずだ。

千鶴子は知らない誰かと。
清司郎は瑞穂と。

それで今まで通りの、平穏な集落の日々が戻ってくる…

そんな集落の人々の思いは、すぐに現実のものとなった。



半分だけは。

まだ梅雨も明けきらない7月の始め頃、千鶴子は突然姿を消した。

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