嗤うケダモノ

職場の寮に荷物を残したまま。

配達に使っていた社用車を、集落から一番近い電車の駅に置き去りにしたまま。

それは『忽然と』という言葉がピッタリ当てはまるような失踪だった。

だが、孝司郎は言った。

千鶴子が最後に配達に来た日、退職の挨拶をして帰ったと。
好きな男に嫁ぐと告げたと。

事実、後日千鶴子からクリーニング業者に、自分の荷物を処分してほしい旨を綴った手紙とその費用、そして退職願が郵送されてきた。

確かに筆跡は千鶴子のものだったし、あれほどの器量良しなら恋人くらいいただろう。

駆け落ちみたいだね、なんてスキャンダラスに噂されたが、誰も千鶴子の結婚話を疑わなかった。

ただ一人、清司郎を除いては。


『何かの間違いだ!』
『千鶴子が僕を置いていくはずがない!』
『僕たちは愛し合っているンだ!』


そう言って泣き叫んだ清司郎は…

壊れてしまった。
時を止めてしまった。

それ以来彼は、花の世話をしながら千鶴子の帰りを待つだけの脱け殻になった。

瑞穂との婚約も正式に断り、草花が好きだった千鶴子が最も愛した夾竹桃の中に彼女の面影を見出だし、それに語りかける毎日。

それでも、そんな無為な日々を送る清司郎に、瑞穂は寄り添い続けた。

兄妹のように、親友のように。

昔と少しも変わらずに…

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