【完】白衣とお菓子といたずらと
――――パクっ


驚きで声が出せなかった俺を気にする様子もなく、それどころかプリンしか見えていない様子の彼女はおいしそうにスプーンで掬って口に運ぶ。それもなぜか俺が使っていたスプーンをそのまま使って。


俺が一度口を付けたものだと、気づいていないのだろうか。


それとも、俺のだから全く気にしていないのか。


どちらにしろ、俺に興味がないという悲しい答えが待っているだけだ。


「あっ、もうこんな時間」


俺の動揺を他所に、小川さんはパクパクとあっという間に平らげてしまった。


時計を見て慌てたように、帰り支度を始めた。


あまりここに長居すると俺に迷惑がかかると、いつも早々に帰ってしまうのだ。


「本当だ、遅くならないうちに気をつけて帰ってね」


先ほどの彼女の行動なんて、気にしていませんよという呈で、平然を装ってそう言った。


だって、あんな事で動揺するなんて子どもみたいだろ?


「はい、気をつけて帰ります」


椅子から立ち上がり、扉の方へとスタスタと殆ど足音もたてずに歩いていく。


扉に手をかけ……ようとして、「あっ」と声をあげた。


そして何かハッとしたように、こちらを振り向いた。


「あっ、山下さん今日ドクターが言ってたんですけど、来週には固定オフみたいですよ」


……何かと思えば、俺の怪我のことだった。


こんな風に過ごしているときは、自分が患者だって一瞬忘れてしまう。


だってさ、安静時は痛みないもんな。


「そっか、いよいよかー。何か恐いな」


「んー、しばらくは痛いでしょうけど、オフになったらビシバシ鍛えていきますので」


俺の不安なんか聞いていないとでも言うように、彼女は楽しそうに言う。


痛いですよってのを、笑顔で言われるのがこんなにも恐怖だとは思わなかった。


「お手柔らかに頼むよ」


「んー、善処します。じゃあ、今日もごちそう様でしたー」


クスクスと笑いながら、扉を静かに開くと彼女は帰っていった。


毎回帰るときに、ごちそう様と言って彼女は帰っていく。


< 31 / 220 >

この作品をシェア

pagetop